第27話
「さて天城さん、あなたは昨夜恭弥の身体を使って暴れた、この事に間違いないですか」
「ちょっと運動をしただけじゃ。あんなもん物の数に入らん」
「あれだけの妖を討ってちょっと運動したの一言で片付けるのは無理があるでしょう。虚勢を張ってないでしょうね」
神楽は訝しげな目で天城を見ながらそう言った。
「バカタレ。我をお前らの物差しで計るでない。格が違うのじゃ。本気で動いたら小僧の器じゃ一分もしない内に壊れてしまうわ」
「そうですか。では私の身体ではどうですか。一度取り憑いたのです、わかるはずです」
「うーん。保って十分といったところかのう。そもそもお前は我とは相性が悪い。お前は小細工を弄するタイプじゃろ。いくら霊力量が豊富とはいえ身体が保たん」
「嘘だろ……?」
千鶴で十分ならば一体誰に取り憑けば十全にその力を発揮出来るというのか。言っている事が確かならば天城は鬼という枠組みを抜けて妖そのものでも高位の存在だ。
「嘘など言っておらんよ。それはお前が一番わかる事じゃろ。半分は我なんじゃから」
「だから驚いてんだろ。お前ほんと何者だよ」
「鬼じゃ」
「んな強え鬼なんて聞いた事ねえぞ。なんで魍魎の匣になんか閉じ込められてたんだよ」
「我は眠るのが好きじゃ。快適な寝場所を用意するというから入ったらクソみたいな術が施されてて苛々した。その点小僧の身体はなんも無いから好みじゃの」
「イライラしたから千鶴さんの身体を乗っ取って暴れたってのか。信じらんねえ」
「天城さんの実体はどこにあるのです。それほど強大な力があるのなら少なくとも平安の頃から生きているはず。巻物に伝承が残っているかどうかも怪しいです」
「忘れた。別に身体必要じゃないしの。何百年もゆらゆら霊体で漂っておったし」
話しのスケールが大きすぎて数字の想像がまったく出来なかった。改めて恭弥は自分が捕食した存在を恐怖した。様々な奇跡が重なった末の今であると再度理解すると、己の運の良さに感謝した。
「恭弥さんや千鶴さんクラスで霊力量が足りないとは。一体どれだけの霊力あれば足りるのですか」
桃花の問いに天城は面倒そうに答える。
「知らん。小僧は身体も脆いし霊力も全然足りん。だから気なんか失うのじゃ」
忘れがちだが、恭弥はその異能の特色故戦闘能力は差し置き霊力の貯蔵量それ自体は並の退魔師よりも多い。それをして全然足りないと天城は言う。
「って事は何か、霊力の安定供給さえ確保されればお前の力を自在に使えるって事か」
「理論上はな。じゃが今のお前じゃ到底無理な話しじゃ。手元にエサの一つでも置いておかんと今度こそ死ぬぞ」
「エサってどういう意味だ?」
「エサはエサじゃ。霊力を補充せん事には糸の切れた人形のように気を失うぞ」
「霊力の補充ったってどうすりゃいいんだよ」
「楽なのは捕食じゃな。後は小娘の生き血をすするのも一つの手じゃ」
その言葉に反応したのは千鶴だった。
「血をすする? もしや天城さんの正体は吸血鬼なのですか」
「鬼じゃ」
「無駄ですよ千鶴さん。こいつはどう聞いても鬼じゃとしか言わないです」
「そのようですね。とはいえ、それがわかればいきなり気を失うという事にはならないでしょう。一歩前進です」
「あ、そうじゃ。こいつは赤子のようにメスにバブバブ甘えるのが好みみたいじゃからな、乳にでもしゃぶりつけばもっと効率良く霊力を補充出来るんでないか」
「やめろぉ! これ以上俺の性癖をバラすな!」
「くふふ。ちょうどよいではないか。そこにお前好みの年上の小娘がおるぞ」
「ちくしょう。だから俺はお前が嫌いなんだ! 化け物のくせして俗にまみれやがって」
「意外なところに最大のライバルがいましたね。てっきり恭弥さんは姉様みたいな人が好きだとばかり思っていましたけど、まさか年上が好きだったとは。千鶴さん相手じゃだいぶ旗色が悪いですね」
「違う! 俺の性癖はノーマルだ!」
「見損ないました」
「やめろ、引くんじゃない、桃花」
「恭弥……私の事をそんな風に思ってくれていたのですか……」
「千鶴さんも満更でもない顔しない! 化け物の戯言です! 真に受けないでください!」
天城が言葉を発すれば発するほど場がシッチャカメッチャカになってゆく。このままでは細心の注意を払って構築してきた人間関係が崩壊してしまう。
「あーっはっはっは! 愉快じゃ愉快じゃ」
「てめえマジ許さん。もうホント絶対許さんからな」
「そんな身体で何が出来るというのじゃ。ん? 言うてみい?」
「…………くたばれ化け物」
「くふふ。まったく、誰のおかげで生きとると思っとるんじゃ。我は感謝されこそすれ罵倒される覚えはないぞ」
「髪の毛白髪塗れにしやがって。学園でなんて言い訳すればいいんだよ」
「学園デビューって事にでもします? 文月さんを傍使いにしたのであれば、もう恭弥さんが望んでいるような平穏な学園生活は無理ですよ。いっその事派手に行きましょうよ」
「いーや俺は諦めないね。せっかくお務めから離れられる瞬間なのに、学園でもお前達に張り付かれたら俺のプライベートが無くなっちまう」
「あ、それなんですけど、どうします千鶴さん。この様子だと敵対してるって風にはとても思えないですけど」
「そうですねえ。天城さんは恭弥の身体を乗っ取ってどうこうするつもりはありますか?」
「ない。我は眠りたいだけじゃ。このアホが我を意味もなく起こさん限り何もせん」
「とはいえ妖の言葉、どこまで信用出来るかわかりません」
桃花の意見は退魔師として至極全うなものだった。その言葉を受けて、年長者であり、かつ決定権を持っている千鶴はこう言った。
「恭弥には悪いですが、ここはやはり学園で行動を共にしていただくのがよいでしょう。何かの拍子に力が暴走しないとも限りませんし」
「ちょっと待ってください。じゃあなんです、俺は学園で四六時中椎名姉妹と文月に付きまとわれるって事ですか」
「そうなりますね。少なくとも恭弥が鬼の力を御しきれるまでは我慢してください」
「なんてこった、グッバイ俺の学園生活」
「ハロー私達の青春」
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