第26話

 一悶着あったが、無事全員が朝食を食べ終えた。文月のいれたお茶をすすりながら、恭弥本人の視点を織り交ぜて昨日何が起こったのかをすり合わせる運びとなった。尚、文月の耳には入れるべき話しではないため、彼女は自室で待機している。


「まず、時系列順に行くと、俺と桃花はお務めを依頼されて三津山峠に向かいました。異変の調査という内容でしたが、行ってみればトンネル内は前も後ろも妖パラダイス。実際に姿を確認した訳じゃないですが、十中八九ぬらりひょんの仕業です」


「ぬらりひょんは稲荷家が交流を持っている妖ですね。あまりにも露骨過ぎると思うのですが、そうまでして焦る理由が彼らにはあるのでしょうか。何か心当たりはありますか?」


「今のところはなんとも。でも、仕掛けるタイミングとしては間違ってなかったですね。こっちがやってこないだろうと油断してる時に、完全にやられました」


「ですね。こうまで立て続けに仕掛けてくるとは想定外でした。では話を戻しますが、恭弥はどこまで覚えているのですか?」


「俺が覚えているのは、限界を迎えて壁に寄りかかった時に天城が現れて――あ、やべ」


 やはりまだ本調子ではないのだろう、ボウっとしてしまってポロリと言ってしまった。


「天城? 確かその名は昨夜も出していましたね。恭弥、やはりあなた何か隠している事があるのではないですか」


 こうなっては隠し立てする事など不可能だ。恭弥は諦めて話す事にした。


「……はい。実は、千鶴さんに憑いてた鬼を喰った時に、喰いきれなくて契約を結んだんです。基本的には俺が身体の実権を握って、運動したい時だけ鬼に身体を貸すっていう。それで、その鬼の名前がわからないんで、天城って名前をつけたんです」


「やはりそうでしたか。おかしいとは思ったのです。あの鬼は恭弥では食べきれません。大方意識を失った瞬間に身体の主従が逆転したのでしょう?」


「たぶんそれで合ってると思います。鬼を喰ってから、何ていうのかな。意識はあるんだけど、かなり深いところで天城と会話する事が出来る空間があって、そこで断片的になんですけど、俺が意識を失った後天城が暴れたらしい映像が見えました」


「わたくしが気を失った後にそのような事があったとは」


「本当に鬼の名前がわからないのですか? もう隠し事をしてはいけませんよ」


「それは本当です。名前を聞いても『鬼じゃ』としか言わなくて」


「会話が出来るという事は高位の鬼ですよね。それに加えて、怪我をした恭弥さんの身体を使ってあれだけの妖を屠れる鬼となったらだいぶ絞れると思うんですけど」


「その鬼はヒトガタを作れるのですか?」


「喰った翌日の夜にヒトガタで現れました。寝てる間にちょちょいと作ったとか」


「ちょちょいと? 弱った状態でそのような事が出来る鬼となると相当高位の鬼ですね。今鬼を呼び出す事は出来ますか?」


「やった事ないですけど、ちょっと試してみます」

 目を閉じて心の中で天城に声をかける。すると、床に黒いシミが広がり、そこから眠そうに目をこすりながら天城が出てきた。


「……なんじゃ、気持ちよく眠っておったのに」


「これは……驚きました。まさかここまで完璧にヒトガタを作れるとは」


「え、これヒトガタなんですよね? ツノは? どこにも見当たらないですけど」


「このような童女があの惨状を作り上げたとは。にわかには信じられませんね」


「なんじゃ小娘共が雁首揃えて、我になんのようじゃ」


「会話まで成立するのですか……で、あれば話しが早いです。あなたの名はなんというのですか」

 千鶴が尋ねるも、当然のように返ってきた答えは、


「鬼じゃ」

「私は名を聞いているのです」

「鬼じゃ」

 もはやお笑いの天丼状態だった。どう聞いてもそれしか返ってこない。


「……恭弥さんの言った通りですね」

 ここまではっきりと会話が成立する妖は珍しい。天城の様子に驚きながらも神楽はそう言った。


「な? だから言ったろ。こいつは名前を聞いても鬼じゃとしか言わないんだ」


「そんな事を聞くために我を起こしたのか。ふざけおって。喰ろうてやろうか」

「喰ったが最後お前も死ぬ時だ。クソ野郎」


 天城はふん、とつまらなさそうに鼻を鳴らすとこう言った。


「お前達がひろいんか。とっととこの小僧のちんぽこおめこに突っ込まれろ。そうでなければとっとと死ね」


「……随分と俗な妖ですね。人間の事をよく知っている。相当年を重ねているようですね」


「お前千鶴とか言ったな。ド助平じゃ。一回りも下のこいつをエロい目で見とるの我は知っとるんじゃぞ。しょたこんじゃ。小僧も憎からず思っとるしちょうどよいじゃろ」


「マジかよ千鶴さん」

「千鶴さん……」

「え、千鶴さんそうだったんですか。私知らなかった」


「お前もド助平じゃ。会うたびに乳を強調しおって。こいつは乳よりケツが好きじゃ。あぴいるするならケツを見せるんじゃな」


「てめ、俺の性癖バラすんじゃねえ!」

「ああ……どんどん師としての威厳がなくなってゆく……」

「恭弥さんお尻が好きならもっと早く言ってくださいよ。私ハーフパンツでも穿きましょうか?」


「今部屋にいる金髪もド助平じゃ。小僧の事を想って自慰しとったぞ。この間見た」

「ええ……文月大人しそうな顔してそんな事してたのか……それを知らされた俺はどんな顔をして文月に会えばいいんだ……」


 本人のいないところで暴露された文月には同情の念を抱かざるを得ない。完全にとばっちりだ。彼女は何も悪い事をしていない。


 順番的に次は桃花の番なのは明白だった。皆自然と固唾を飲んで続きを待つ。が、いつまで待っても桃花の暴露話は披露されなかった。


 しびれを切らした神楽が天城に続きを促すも、天城はただうんうんと唸るだけに留まった。


「まさかとは思いますけど姉様だけ何もなしですか」

「うるさい! 今思い出しとるから待っとれ!」


 しかし待てど暮らせど天城の口から桃花に関する言及はなかった。


 いよいよ観念した天城は勢い任せに「みんなみんなド助平じゃ!」と言い放って強引に会話の切り上げを図った。


「ひどーい! 私達皆バラされたのに姉様だけ何もないなんてズルいですよ!」


 それを聞いた桃花はふん、と鼻を鳴らし勝ち誇ったような表情を見せた。


「常日頃の行いに気を使わないからそうなるのです」


 が、しかし、次の瞬間思い出したとばかりに天城が言った言葉で立場は逆転した。


「そういえばお前小僧の隠し撮り写真持っとったな」

「え」


 桃花と天城を除く全員の声が重なった。氷の女王とも呼ばれる桃花のイメージとは全くかけ離れた行動に全員が唖然となった。


 桃花の顔を見やるも、彼女は常と変わらず澄ました顔をしている。


「なんの事でしょうか」

「ろけっとぺんだんとじゃ。お前たまにそれ見て微笑んどるじゃろ」


 そういえば桃花は肌身離さずロケットペンダントを身に着けていた。ただのオシャレだと思っていたが、それに隠し撮り写真が入っているとなれば話は変わってくる。


「へー。姉様見せてください」

「猫の写真が入っているだけです。見てもつまらないでしょう」

「いいですよ。私ちょうど猫見たいところでしたし」

「犬の写真でした」

「犬なら尚更です。私が犬好きで飼ってるの知ってますよね」

「猿だったかもしれません」

「もう無理がありますよ。観念して見せてください」


「誰にでも秘密の一つや二つあるものです。それは根掘り葉掘りするなど、少しは慎みを持ちなさい、神楽」


「何ちょっと私が悪いみたいな風にして説教してまとめようとしてるんですか。丸め込まれませんよ」


「……しょうがないですね。これでよいですか」


 ため息一つ、桃花はペンダントの蓋を開いた。仲には桃花と神楽が幼き日に撮った少々色褪せたツーショット写真が収められていた。二人共いい笑顔をしている。


「おろ? おかしいのう。確かに前覗き見た時は小僧の写真が収められとったんじゃが。うーん?」


「これ、昔の……まだ大切に持ってたんですか」

「見られて困るものではないですが、見せびらかすものでもないでしょう」

「姉様……ごめんなさい」


「これに懲りたら人のプライバシーを尊重するという事を覚えなさい」

「はーい」


 実はロケットペンダントは二重構造になっていて、ツーショット写真の下に恭弥の隠し撮り写真がある事に誰も気付かなかった。


 なにはともあれ、天城はひとしきり暴露すると少しは溜飲が下がったのか不機嫌そうな顔をしながら恭弥の膝に腰を下ろした。


 いつの間に実体を手に入れたのか、しっかりと見た目相応の重みが伝わってきた。死にたくなるほどの痛みが恭弥の身体に走る。


「クソ、痛え。重たいから下りろ天城」

「お断りじゃ。無理やり我を起こしたんじゃからそれくらい我慢せえ」


「えーと、どこまで話しましたっけ。……千鶴さん?」

「うぅ……師としての威厳が……」


「まだメソメソしてんですか。皆暴露されたんですから。いい加減立ち直ってくださいよ。いつまでもそんなじゃ話が進まない」


「こんな私をまだ師として見てくれますか……?」

「師として見るのはちょっと……」


「うわーん。弟子にそんな事を言われるなんて私はもうお終いです!」

「じょ、冗談ですよ。千鶴さんはいつまでも俺のお師匠さんですって」


「本当に……?」

「本当ですって」

「ならいいのです。コホン。取り乱しました」


 何事もなかったかのような顔をしているが、つい先程まで二十七にもなる妙齢の美しい女性が「うわーん」とか言っていた事実はどうやっても覆らない。しかし、誰もその事には突っ込まなかった。千鶴は年齢相応の色気を残しながらも若く見えたし、元々そういう性格だと知っているからだ。

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