第14話 ※一部性的な表現あり。
文月を見送った恭弥は千鶴に断って一人自室で悩んでいた。
というのも、「夜に哭く」のラスボスとも言うべき存在はどうやっても主人公でなければ討ち倒す事が出来ない。そのためには、主人公に死ぬか生きるかの寸前をさまよってもらい、成長してもらう必要がある。
そんな主人公には本編序盤から、いわゆる悪友ポジである
文月自身は、本来レイプを始め「夜に哭く0」で一、二を争う程エグい目に遭う。外国の血が入っている事に加え、異能を持っていないのだ。当然、家の中に立場などあろうはずも無く、その見目の麗しさからどこぞの家の夜伽相手か傍使いという道しかなかった。
そんな異母兄妹である文月を不憫に思った光輝は彼女を可愛がる訳だが、光輝は文月の目の前で最悪の最期を迎える事になる。悪名高い「人間ミンチ」のその犠牲となるのだ。
自らの無力を思い知らされた光輝は修行に励み、本編開始時点で中堅クラスの実力を持つ事になるのだが、すでに恭弥は文月を襲う悲劇の一つを回避してしまった。
「やべえ……マジでどうしよう」
正史をなぞらせるなら、今からでも金で誰かを雇って文月をレイプさせる事も出来る。だが、恭弥自身、光輝とはお務めでペアを組む事もあり、見知った仲だ。そんな彼が溺愛する妹を酷い目に遭わせる気にもならなかった。
全てを救う事が出来ない以上、いずれぶち当たる問題だとは思っていたが、いざそうなるとさっぱり妙案が浮かばなかった。
「こうなるのが嫌で妹には会わなかったのになあ……」
「何をそんなに悩む事がある」
ベッドに寝そべり考え込んでいた恭弥の眼前に、急にドアップで愛らしい童女の顔が現れた。
「うお! 誰だお前!」
思わず起き上がってしまい、デコとデコの衝突事故が発生するかと思われたが、それは杞憂に終わった。恭弥の身体が童女の身体をすり抜けたのだ。
「誰とは異な事を言う。我は鬼じゃ」
そう言う彼女はどこからどう見ても六歳程度の童女そのものだった。赤い着物に身を包み、気の強そうな目つきにショートカット、洋服でも着せればそこらの公園で走り回っているやんちゃな女の子にしか見えなかった。
「鬼? …………まさかお前、俺が喰った鬼か」
「それ以外に誰がいる」
「てめえ……いつの間に霊体作ってやがった」
「お前が寝ている間にちょちょいとな。いかんせんまだ本調子ではないからこんなナリになってしまったが、本当の我はボインボインじゃぞ」
「うるせえ、ふざけた事抜かすな! 何しに出てきやがった!」
「あまり大きな声を出すでない。同居人に気づかれてもよいのか?」
「恭弥、大きな声を出してどうかしたのですか」
言うが早いか恭弥の怒声に気付いた千鶴が部屋に近づいてくるのがわかった。
「ほれ見た事か」
「…………なんでもないです! ちょっと友達と電話してて!」
「そうでしたか。あまりご近所の迷惑にならないよう気をつけるのですよ」
千鶴がパタパタと扉の前から離れていくのがわかった。
狭間家は見た目に反して最新の防音措置が成されている。だから、深夜にカラオケ大会をしたところで近隣住民の迷惑にはならない。
それに、そもそも結界が張られているのだから中の声が外に漏れる事など無い。それを知っているはずなのに千鶴はそう言ったのだ。抜けていると思うか、可愛らしいと思うかは人それぞれだ。
「……それで? 何しに出てきたんだ。わざわざ霊体作ってまで」
「別に。暇だったから出てきただけじゃ。
「……お前意外と俗っぽいのな」
たった一言で毒気を抜かれてしまった。物に触れる事の出来ない相手に敵意を抱いたところで疲れるだけだと恭弥は考え直す事にした。
「ウジウジした奴が嫌いなだけじゃ。さっきのおなごにしても食ろうてやればよかったのじゃ。助けた恩を着せてやればきっと股を開いておったぞ。いいケツをしておったしな。お前が好きそうなメスじゃ」
「ちくしょう。身体共有しているから俺の好みが丸見えじゃねえか……」
「成長した我の姿はお前好みじゃぞ。良かったのう、あの時共倒れを選ばなくて」
「うるせ。誰がお前みたいな化け物に欲情するかっての」
「言うておくが、今のお前は半妖のような状態じゃぞ。我と魂が根っこの部分まで融合しておるからの。その内傷の治りも早くなるし、身体能力も鬼に近くなるじゃろう」
「ふざけんな。そんな事聞いた覚えねえぞ」
「言わんかったからの。契約の時に聞かなかったお前が悪い」
「くそ……これだから妖は信用出来ない。つーかお前何者なんだよ。人の形取れるって事は高位の鬼だろ」
設定資料集などを読み漁っても、千鶴に取り憑いた鬼の正体はわからなかった。眠るのが好きという情報から、中位の鬼である眠鬼辺りだと勝手に予想していたが、妖が人の形を取るには何百年単位で生きるか、桁外れの霊力を持っていなければ不可能な芸当だ。恭弥が眠っている間の片手間にヒトガタを作れる鬼など知識になかった。
「我は鬼じゃ。どうせ真名を言ったところで今のお前に我の力は使いこなせん。暴走して我を失うのがオチじゃ。なれば知らぬ方が良い」
「そうは言っても、鬼じゃ呼びづらいだろ。なんか名前無いのかよ」
「ないの。どうせならお前が名付けてみるか?」
「面倒くさいから人に丸投げしただけだろ」
「そうとも言う」
「名前、名前ねえ……そうだな、
「なんぞ由来はあるのか」
「天よりも偉そうな態度のお前を俺という城に閉じ込めるって意味。後単純にこの間飲んだ天城甘茶を思い出しからってのもある」
「ふざけた由来じゃの。まあ、よいとするか。それで? お前の悩みじゃったな。我が一発で解決してやろう」
「どうせくだらない方法なんだろうけど一応聞いてやるよ」
「単純明快な話よ。どうせ皆救う気でいるのだからお前が強くなればいい。誰にも負けないくらいにな。そうすれば解決じゃ」
「土台無理な話しだな。身体共有してたらわかるだろ。俺には使い切れないほどの霊力の貯蔵があるけど、肝心の使い道が物質化しかないんだ。限界は見えてる」
「以前までのお前ならな。今は我と身体を共有しておるのだ。話は別じゃ。もっとも、我も今は本調子ではないから実感出来ないじゃろうが、その内言っている事がわかるじゃろ」
「話し半分に聞いといてやるよ。んな事より、文月をどうするかだ」
「知らん。眠い。もう寝る」
「あ、おい! 次現れる時は事前になんか言ってから出てこい。びっくりするから」
「覚えてたらな」
勝手気ままとはこの事を言うのだろう。話すだけ話して眠くなったらこっちの都合などお構いなしに消える。実に妖らしい自分勝手だった。
「まったく、いよいよ俺も覚悟を決める時なのかね……」
大局を見て文月をミンチにするか、見知ってしまった目の前の文月を救うか。どちらの選択を取っても禍根は残る。かといって知り合いの妹を見捨てるのはやはり良心が痛む。しかし正史から外れるのは望ましくない。
延々とそんな事を考えている内に、いつの間にか恭弥の意識は闇に落ちていた。
○
深夜の天上院家。その一室で、お務めを終えて帰ってきた光輝は文月と仲睦まじく話しをしていた。
専属の退魔師としての道を選んだ光輝は元より、傍使いとしての訓練で生活時間のほぼ全てを埋め尽くされる文月達にとって、こうして二人きりで話せるプライベートな時間は限られていた。
「今日は随分と機嫌が良いじゃないか。何かいい事でもあったのかい」
「はい。実は私、今日夜道で襲われたのですが、ある人に助けていただいたのです」
「なんだって? 初めて聞いたぞ。大丈夫なのか?」
「はい。危ないところでしたが、恭弥様のおかげで難を逃れました」
「恭弥……っていうと、狭間の?」
「はい。狭間恭弥様です」
「そうか。あの狭間が……。今度お礼をしなければならないな」
「お兄様、私、あの方の傍使いになりたいです」
「……今日は驚かされてばかりだな。まさかあいつに惚れたのか」
光輝の言葉に、文月はその白い頬を朱に染めた。それとは対称に、光輝は眉間にシワを寄せた。その素振りが文月の不安を煽る。
「難しいでしょうか……?」
「可愛い妹のわがままだ。聞いてやりたいのは山々なんだが、爺さん達がなんと言うか。なんとか無かった事にしようと隠していたんだが、実はお前のところに縁談の話が来ているんだ」
「そんな……」
「今は俺がごねているから上の方で話は止まっているけど、いつそうなるかわからないんだ。でも、幸い本家の英一郎さんが味方になってくれている。俺の方からあの人に相談してみるよ。だけど、あまり期待はしないでくれ。狭間家に、って事になるなら、正直家としての旨味は欠片も無いからな。難しいと思う」
「……わかりました。その時は覚悟を決めます」
「すまないな。俺に力が無いばかりにお前には苦労をかけている」
「いえ、お兄様は十分過ぎる程私のために頑張ってくださっています。これ以上はわがままになってしまいます」
「ほんと、無力を痛感するよ……。妹のわがまま一つ聞いてやれないなんて、俺は兄貴失格だ」
「気を落とさないでください。わがままを言ってしまった私がいけないのですから」
「いや、お前は悪くない。腐っているのは協会の連中だ。俺にもっと力があれば……」
「仕方ありません。私には異能も無ければ外国の血も入っているのですから。元より自由など諦めています」
「滅多な事を言うもんじゃない。お前にも普通の女の子としての人生があるはずなんだ」
「そう言ってくださるのはお兄様くらいですよ。さあ、夜も更けてきました。もう寝ましょう。明日に響いてしまいますよ」
「……そうだな。俺も明日は早い。寝不足で死ぬなんて事にはなりたくないしな」
「私もお兄様に死んでもらっては困ります。それでは、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
光輝が部屋を去り、一人となった自室で、文月は枕を胸に抱いて恭弥に思いを馳せる。
「恭弥様……」
その内に手は下半身へと伸びていき、室内にはくぐもった声が聞こえてきた。
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