第13話

「ただいまー」

「おかえりなさい、恭弥。おや、そちらの方は?」


「レイプされそうになってたところを助けました。格好があんまりだったんで服を貸してあげようと思って」


「そうだったのですね。怖かったでしょう。さ、こちらへ。お風呂が沸いています。入りますか?」


 千鶴は手際よく少女の世話をする。こういう時はやはり同性同士の方が円滑にやり取りが進む。助けたとはいえ、恭弥は自身を襲った男と同じ性別だ。少なからず恐怖心があるだろう。


 少女の相手は千鶴に任せ、恭弥は服を用意する事にした。少女の身長は見たところ百七十無いくらいだ。百七十三センチの恭弥の服でもギリギリ着る事が出来るだろう。そう思った恭弥はスウェットとTシャツ、寒くないように上に羽織るパーカーを用意した。


 後はこれを千鶴に渡せばいい。そう思って戻ってきた千鶴に声をかける。


「どんな様子ですか?」


「もうだいぶ落ち着きを取り戻した様子ですよ。それにしても彼女も災難です。まさか現代日本でレイプされそうになるなんて」


「性犯罪の割合が減ったとはいえ完全に無くなった訳じゃないですしね。まあ運が悪かったんでしょうよ。これ着替えです。洗面所に置いてきてください」


「わかりました。あ、そうそう。晩ごはんの作り置きがレンジに入っているので食べてください。まだ何も食べていないでしょう」


「お、頑張って作ったんですね。てっきりカップラーメン辺りで済ませてるかと」


「私を何だと思っているのですか。私だって頑張れば料理くらい出来ます」


 洗面所へと向かった千鶴を見送り、恭弥はレンジの中身を確認した。中には、ところどころ焼け焦げた卵が乗ったオムライスが入っていた。恐らく、強火で作ったのだ。この分だとチキンライスの具材に十分に火が通っていない可能性がある。安全性を確保するために少々長めにレンチンする事にした。


 待っている間にガスコンロを見ると、油や鍋から飛び出た具材が飛び散っていた。ため息一つ、恭弥はキッチンペーパーを手に取りそれらを拭き取った。


 その姿を気まずそうに見る人物がいた。何を隠そう下手人である千鶴だった。


「努力はしたのですが、力及ばず……」


「千鶴さんが料理出来ないのは知ってるので別にいいですよ。それより、オムライス強火で作ったでしょ」


「どうしてわかったのですか」


「卵が焦げてたからです。甘いのが好きだからと砂糖を入れるのはいいんですけど、その場合弱火でやらないと火が通る前に焦げちゃうんですよ」


「なるほど。覚えておきます」


「そうだ、風呂上がったらタクシーで送り返すつもりなんで、呼んでおいてもらえますか」


「師を顎で使うとは良い度胸ですね」


「居候なんですから少しは働いてください」


「む。それを言われると弱いです。わかりました、呼んでおきます」


 厳密には居候ではないだけに留まらず、むしろ千鶴のおかげで頭が身体とお別れをしないで済んでいるのだが、恭弥が家長である事に変わりはない。そこら辺のパワーバランスははっきりとさせたかった。


 温め終えた微妙な味わいのオムライスをもそもそと食べていると、お風呂から少女が出てきた。明るいところで見ると、改めて彼女の美しさがわかった。


 風呂上がりでしっとりと濡れている横髪が、ピッタリとフェイスラインに貼り付き、垂れた髪が鎖骨に乗っている。明かりに照らされ、輝きを放つ腰の長さまで伸ばされた美しい金髪は先程にも増して艷やかだった。


 黄色人種と違い色素の薄いその肌は薄っすらと上気しており、彼女の碧眼も相まってどこか性的だった。しかし、異国感溢れるその外見とは裏腹に、所作の一つ一つはとても日本的で流麗だった。ピシっと一本線が入ったような姿勢にたおやかなその動作は、和服を着ていても違和感が無いほどに洗練されている。


「何から何までありがとうございました」


「困った時はお互いさんだよ。未遂で終わって良かった。タクシー呼ぶからそれで帰りな」


「それが、その……襲われた際にカバンを置いてきてしまって、お財布が……」


「タクシー代くらい俺が出すよ。服も別に返さなくていい」


「いえ、そんな訳には」

「いいから。気にすんなって」


 少女は一瞬逡巡する素振りを見せたが、やはり先程の恐怖が残っているのか、結局は恭弥の好意に甘える事にした。


「本当に、ありがとうございます。私の名前は天上院てんじょういん文月ふみづきと申します。お名前をお伺いしても?」


「俺の名前は――」

 そこまで言って恭弥は固まった。聞き捨てならない単語があったのだ。

「待て。天上院って言ったか?」


「? はい。天上院文月です」

「天上院って、北村家の分家の?」


「はい。その名が出るという事は退魔師に関連のある方ですか?」

「そうだ……」

「道理でお強い訳です」

「やっぱりか……」


 なんて事だ、と恭弥は天を仰いだ。思い返せば、今日は本編に関わるイベントがある日だったのだ。「夜に哭く」本編のあるシーンで重要な働きを見せる男性キャラクターの妹がレイプされる、というイベントが発生するのが今日であったと。


 本編と違い「夜に哭く0」は小説という媒体でしか発売されていない。故に、レイプされる妹の容姿はただ彼の口から述べられる美人という情報しかわからなかった。


 よりにもよって本編の重要シーンに関わる事象を変えてしまった。これが後々どう響くかまったく予想出来なかった。


「……やっちまった」

「どうかされましたか?」


「いや、ごめん、こっちの話しだ。悪いんだけど、この女性の事は絶対に口外しないでくれ。頼む」


「……何か事情がお有りなのですね。かしこまりました」


 彼女も退魔師一族なのだろう、話しの流れが変わると同時に纏う雰囲気が変わった。


「特に爺さん達には絶対に悟らせるな。最悪君の首も飛ぶ事になる」

「かしこまりました」


「わかればよし! 俺の名は恭弥。狭間家の長男だ」


「狭間恭弥様……恭弥様ですね。確かに覚えました。では、ご厚意に甘えさせていただきます。いずれお礼に参ります」


「いいっての」

「恭弥、タクシーが来たみたいですよ」

「だ、そうだ。天上院、気をつけて帰れよ」

「恭弥様にはお名前で呼ばれたいです」


 呼ばれなければてこでも動かないとばかりの雰囲気に根負けした恭弥は、

「……文月、気をつけて」

 そう言って彼女を見送った。


「はい。それでは」

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