第12話 ※残酷描写、一部性的な表現あり。
餓えていた。どうしようもなく渇き、疼き、満たされない。その餓えを満たせるのは唯一、人の肉だけだった。
まず、うるさい声が出なくなるように声帯を切る。それから、食す時の邪魔にならないように生きたまま丁寧に生爪を剥がし、歯を抜き取る。そうしなければ食感が悪い。それが終われば、次は異物感を消すために毛を燃やし尽くす。
そうしてツルツルになった人体を、今度は臓器が傷つき味わいに雑味を出さないために慎重に解体していく。
心臓、胃、腸、腎臓、膀胱、続々と臓器が器に分けられていく。気をつけなければ腸からは糞が、膀胱からは尿が漏れてしまう。それではダメなのだ。細心の注意をしなければならない。特に、好物の心臓と肝臓に傷をつける訳にはいかない。
可能な限り命を保たせたまま解体する。そうする事で、脳からは芳醇なホルモンが分泌される。後で作る脳のミックスジュースの味はそれに左右されるのだ。
「美味しそうな乳房だ。これはデザートにとっておこう」
薄暗い地下室で、人の皮を被った化け物が呟く。その目は文字通りごちそうを目の前にした子供のように光り輝いていた。
全てが終わると、はつらつとして愛嬌があり、可愛らしかった生前の彼女の面影は微塵もなく、あるのは食べやすく解体された肉塊のみだった。
化け物はウキウキとした様子でフライパンでバターを熱し、肝臓のソテーを作る準備を始めた。
○
「こんばんは。ニュースの時間です。先月失踪した二十代女子学生の行方は依然としてわかっておらず、唯一の手がかりは被害者の物と思われるカバンのみとなっています。警察は、誘拐事件と見て現場周辺の捜索を徹底している模様です。次のニュースは――」
「物騒な世の中ですねえ」
ぼりぼりとお茶請けの煎餅をかじりながらテレビを見る千鶴の姿には緊張感の欠片もなかった。隠居したとばかりにまったりとしている。
「物騒な世界に身を置いている人が何言ってんですか。もう完全に引退ムードですか」
「あれだけ忙しかったのに急に暇になってしまうと、人間何をしていいかわからなくなるんですもの」
「羨ましい限りです。俺は呑気にテレビを見てる暇なんて無いですよ。こっちは千鶴さんの家に行って物取ってきて、偽造身分証の申請をしなきゃなんですから」
「それを言われると弱いですが、私だって日中何もしていなかった訳ではないのですよ。家の周辺に結界を張ったり、遠見の術を使ってあなたの動向を見守っていたんですから」
遠見の術とは、様々な形式があるが、基本的には術者が対象者の視覚、聴覚をジャックする術である。恭弥が見聞きした事が式神を通して術者に映像として送られてくるのだ。
「……まさかトイレまで覗いてないですよね」
「ご想像にお任せします」
千鶴は茶をすすりながらサラッと言ったが、やっている事はストーカーのそれと大して変わりはなかった。空恐ろしいものを感じながらも、流石にそこまではやっていないだろうと思う事にした恭弥はこう言った。
「じゃあ知ってると思いますけど、英一郎さんの提案どうします? あの人にだけは千鶴さん生きてる事バラしちゃいます?」
「彼ならば知ろうと知るまいと恭弥の力になってくれるでしょう。それに、あの様子ならば私が恭弥のところに身を寄せている事を察しているはず。必要になればあちらから接触があるでしょう」
「ですかね。それじゃ、俺は千鶴さんの家に行ってきます。万が一何かあれば地下室に避難してください。あそこなら気配を完全に断ってくれるはずなので」
「わかりましたよ。気をつけて行ってくださいね」
家を出た恭弥は迷う事なく千鶴の家に行き、持ってきたリュックサックにノートパソコンと書類、千鶴専用の霊装と薙刀を回収する。どうしても持っていけない物は恭弥の異能で不可視の霊力パッケージをして式神に運ばせる事にした。その傍ら、協会の担当者に身分証の発行を申請する。今の時代はスマホ一つで完結するから楽だった。
全ての作業を終える頃には夜十時を回っていた。今頃千鶴は一人で悪戦苦闘しながら作った晩ごはんの品を食べ終え、ゆっくりと風呂に浸かっている事だろう。わざわざ沸かし直すのもバカらしいと思い恭弥は足早に自宅へと向かった。
道中近道をしようと普段は通らない裏道を通ると、くぐもった声が聞こえてきた。見ると、男三人が恭弥と同年代くらいの女学生を輪姦しようとしているらしかった。
すでに少女の衣服は破られ、乳房は丸出しで、下半身はむき出しだった。男の方もズボンを下ろし、その怒張を今にも少女に挿入しようという時だった。
冷静に状況を観察していると、少女の涙に満ち懇願する視線が恭弥に向けられているのに気付いた。
見て見ぬ振りをするのも後味が悪いと考えた恭弥はとりあえず彼女を助ける事にした。
「はろー、お兄さん方。ストップだ」
「あ? んだお前」
「こう見えて俺、和姦主義でね。無理やりは好みじゃないんだ。って事で、悪いんだけど気絶してもらうよ」
恭弥は相手が戦闘体制に入る前に近づき、男達の顎に程々に加減した拳をかすらせ気絶させた。手加減したとはいえ退魔師である恭弥の一撃は男達を気絶させるには十分過ぎた。
「無事かい? 見たところギリギリ間に合ったと思うんだけど」
着ていた羽織を少女に被せそう言った。少女は未だ状況についていけていないらしく、目を見開いて恭弥を見るばかりだった。
薄暗いせいでわからなかったが、よく見ると、彼女は外国とのハーフらしかった。日本人らしさを残しつつも、彫りが深いところなどは外国の血が色濃く出ている。手入れの行き届いた美しい金髪も外国の色を感じさせた。
「……あー、なんとか言ってくれると助かるんだが。もしかして日本語喋れない?」
「あ、あの……ありがとう、ございます」
「喋れて良かった。英語はさっぱりなんだ。流石にその格好じゃ一人で帰れないだろう。俺の家が近いから着替えてから帰るといい。立てるか?」
「は、はい」
立ち上がった彼女の姿は、大きめに作られていた羽織のおかげで下半身までしっかりと隠れていた。男物の羽織だけという少々奇抜なファッションだが、上が和服である事を除けば見ようによっては超ショートパンツを穿いているように見えない事もない。
「よし、通りに出てタクシーを拾おう。恥ずかしいだろうけど、すぐだから我慢してくれ」
言葉少ない彼女が頷いたのを確認し、恭弥の一歩後ろをついて歩く彼女を伴って通りに出る。ちょうど良く近くを走っていたタクシーを捕まえて自宅へと向かった。
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