第10話
現代人の妖に対する一般的な認識は災害である。どこからともなく発生して、常人ではどうしようもない悲劇を生み出す存在。
それを討伐する退魔師達は、言ってしまえば警察のような存在であるとうっすら認識されている。というのも、社会的に退魔師の行動をアピールする事はなく、そういう存在がいる程度にしか社会には知らせていないからである。SNSなどネットに上げられた情報はすぐに見えない力が働いて削除されてしまうのだ。マスメディアも、妖関連のニュースは決して報道する事はない。
表立ってヒーローアピールをするまでいかなくても、もう少し社会に認知させてもいいと恭弥は思うが、それに頑として首を縦に振らないのが協会であり老人達である。
旧態依然とした考えが蔓延る協会内では、退魔師は陰の存在であり、また表社会はそれを支える駒であるという考えが未だ根強かった。だが、
「なーなー本当に退魔師について知らないのかよ」
そう問いかける健介のように、人の興味にまで蓋をする事は出来ない。そういう人達は様々な媒体に散らばる僅かな情報を自身の手で組み立て、それを元に想像するのだ。
「知らないよ。知りたいとも思わないね。人を平気で殺すような存在と関わり合いになろうなんて正気の沙汰じゃない」
「なんでわかんねえかなあ。超常現象の塊みてえな妖と闘う退魔師。現代のヒーローそのものじゃねえか!」
いつもの通学路でそう言う健介は、どこから情報を仕入れて来るのか退魔師について一般人よりも詳しかった。
曰く、ネット社会の現代では情報が少なからず漏れ出る。その漏れた情報の欠片を繋ぎ合わせて真実を見定めているのだそうだ。同時に流されるフェイクも慣れれば取捨選択が出来るという。
「退魔師が集まるっていうからせっかく広陵学園を選んだってのに、どいつもこいつも知らぬ存ぜぬ。箝口令でも敷かれてんのかなあ」
「そりゃそうだ。お前自身言ってたじゃないか、退魔師は必要に駆られなければ身分を明かさないって」
「そうは言っても知ってる奴は知ってるはずなんだよ。なんでなんだ!」
実際のところ彼の言う通り、お務めを円滑に行うために一定以上の社会的地位にある人物には、いざという時のマニュアルが渡される。
身近なところで言えば飛行機の座席がどれだけ満席でも、協会が空けろと言えばマニュアルに従って席は必要分空席になる。場合によっては専用機すら用意される。
他にも、生きていくにあたり必要な経費は全て国持ちだ。いかな大臣でも自分の命は惜しい。だから、妖関連の予算が削られる事はない。
それだけの特権が用意されるのはひとえに命の価値が限りなく安い業界だからだ。
「口が軽いやつはいつの時代も早死するもんだ。お前もあまり首を突っ込まないで大人しく生きる事を選べ」
「絶対嫌だね! 俺はスリルが無いと生きていけないんだ!」
「はあ……アホだな、お前」
教室に着いた恭弥はいつも通り「ちょっとすいませんよ」と言って人の集まる薫の前の席にカバンを置いた。そして、すでに席についていた桃花に声をかける。
「今ちょっといいか?」
「構いませんよ」
「ここじゃ話しづらいから、屋上に付き合ってくれ」
「わかりました。その顔では……ホームルームは欠席する事になりそうですね」
「かもな」
屋上の扉を開けると、心地よい春の風が漂ってきた。流石にこの時間に屋上を訪れる学生は恭弥と桃花以外に無く、秘密の話しをするにはうってつけだった。
フェンス近くのベンチに腰を下ろし、付き合わせてしまったお詫びに買った、缶のお茶の封を揃って開ける。
「それで? お話というのはなんですか」
「昨日の件、なんて処理された? 俺のところには音沙汰ないけど、椎名家にはもう来てるだろう?」
協会の末席に位置する狭間家とは違い、椎名家はかなりの格を持った御家だった。当然、回ってくる情報の鮮度も相応に良い。
「どうやら霊脈の暴走という形で片付けられるようです。目撃者も多いでしょうに、未だ箝口令が敷かれていないというのは疑問が残りますが」
「老人達も相当慌ててるみたいだな。箝口令が敷かれていないのを手が回らないからと見るか、目撃者を消すからどうでもいいと思っているのか。後者ではない事を祈ろう」
「後者だとすれば数が多すぎます。いくらなんでもそれはないかと」
「だといいけど。それにしても、霊脈の暴走ねえ。それはそれで問題があると思うんだが、ほんと、老人達は何考えてんだかわかったもんじゃないな」
「加えて千鶴さんの失踪。勘繰る者も出てくるでしょうに、どう対処するつもりなのか」
「それはそうと、椎名家の当主争いはどうなってる? 魍魎の匣事件の解決、実質は俺達二人の手柄だ。表向きは無かった事になる事件だろうけど、椎名家の当主争いレースの得点には加えられるだろう」
恭弥が真に危惧しているのはそこだった。魍魎の匣事件が無かった事になるのは規定路線であり、当然手柄も存在しなければ番付にも影響は出ない。しかしながら、事件の全貌を知る老人達がいる以上、解決に最も貢献した桃花を当主に推す声は大きくなるだろう。
もう一つの問題として、恭弥自身も解決に貢献した以上老人達に目を付けられる事になるというのがあるが、恭弥自身が狭間家というのがある。協会での立ち位置は末席であるから、精々発言権が少し強まる程度に収まるだろうと恭弥は考えていた。だから、そこまでは危惧していなかった。
「昨日の今日です。まだわかりません。ですが、利用できるものは利用する者達です。恐らく貴方の言う通りになるでしょう」
「
「今のところは。元より当主になど興味がないという人間ですし。なにゆえ貴方がわたくし達の当主争いにそこまで肩入れするのかはわかりませんが、貴方が心配するような事にはならないかと」
何もしなければ、いずれ二人は殺し合う定めにある。見目麗しい姉妹が互いの腕を切り落とし、目を抉り、臓物を引きずり出して勝利宣言をする姿など頼まれても見たくない。
「そうか、それならいいんだ。何か異変があったらすぐに言ってくれ」
「それはわたくしの気分次第です。もうよいですか。流石に授業中に二人揃って入る真似はしたくありません」
「そうだな。ありがとう。悪いな、付き合わせて」
「いえ、貴方には世話になっているので構いませんよ」
一緒に戻るとクラスメイト達に何を言われるかわかったものでないので、二人は時間をズラして教室へと戻った。
授業開始直前にもなると、薫の席に集まっていた学生達もそれぞれの席に戻っており、恭弥も無事自分の席に腰を下ろす事が出来た。
「桃花さんとどこ行ってたの?」
腰を下ろすと同時に薫が声をかけてきた。微妙に前かがみになっており、胸が机の上に乗せられていた。恭弥は意識的にそれから目を離した。
「屋上。お務めの話だよ」
「ふーん。なーんか二人の関係って怪しいよね。もしかして付き合ってたりして!」
「ないない。俺と桃花じゃ釣り合わないだろう」
「わからないよー。あれだけ男の子に声をかけられても全部無視してる中、恭弥君にだけはまともに受け答えしてるんだから。実は脈アリなんじゃないの?」
「ペアを組む事が多いんだ。自然とコミュニケーションを取ることにもなるさ。妙な勘繰りをするもんじゃない」
実際は桃花とまともに話せるようになるまでそれはもう紆余曲折並々ならぬ努力があったのだが、それも過ぎた話だ。
「ちぇ、つまんないのー」
正直に言って恭弥は薫が苦手だった。元々ロリ系のキャラクターはあまり好きではないというのがあったが、最大の苦手ポイントは彼女が人をからかうのが好きな事である。
自身の可愛らしさを自覚した上で小悪魔的な行動を好んで取り、弄ぶのである。
好きな人はとことん好きだが、苦手な人は苦手という、好き嫌いがはっきり分かれる性格だった。とはいえ、癒やし枠の名は伊達ではない。ルートに突入すると、戦い傷つく主人公を献身的に支え、だだ甘に甘やかすのである。ついたあだ名がダメ男製造機。
そんな彼女のバッドエンドはどれも酷い。妖の孕み袋に始まり、つま先からゆっくりじっくり時間をかけて生皮を生きたまま剥がされたり、生きたまま人形にされたりもする。
もちろん恭弥は彼女も救う気でいるが、彼女がそんな目に遭うのは物語後半である。
悪意満ち溢れる「夜に哭く」にあって、彼女のルートは中盤までは比較的王道な展開が繰り広げられる。強大な敵を主人公と協力して共に乗り越え成長する。
だが、物語も佳境を迎え、後半に入ると悪意が滲み出てくる。なぜかやたらと主人公にハニートラップが仕掛けられ、最初は退けていた主人公も遂に浮気をしてしまう。
主人公の浮気相手との情事を目撃してしまった薫は失意のあまり別の男に走ってしまうのである。もちろんそこには老人達の下衆な思惑がある訳だが、まんまと引っ掛かった二人の絆が試されるというストーリーである。
そこに至るまでに繰り広げられた甘い甘いラブストーリーとのギャップは、プレイヤーのメンタルに大いなるダメージを与えた。
「ほら、先生来たぞ。いつまで人をからかうのはやめろ」
「はーい」
ガラガラと音を立てて教室の扉を開けたのは英一郎だった。片時も煙草を手放さない彼が五分も教室にいると、室内の空気が順調に汚れていく。そんな時空気の入れ替えで窓を開けるのは窓際に座った者の役割である。つまり、恭弥の仕事だ。恭弥は無言で窓を開けた。すると、準備体操の掛け声が聞こえてきた。どうやらグラウンドでは体育が行われているようだった。
そろそろ春の体力測定が行われる時期だ。その際に全力を出してしまうとオリンピック選手もかくやの成績を叩き出してしまう事になるので、退魔師達は適当に手を抜く必要がある。それがまた面倒臭かった。
そんな事を考えながらぼんやりと窓の外を眺めていると、英一郎が「そうだ、椎名と狭間」と言った。
「お前らホームルームいなかったから伝えられなかったんだが、昼休み職員室に来てくれ」
何かやっただろうか、と考えたが、学内では大人しくしている恭弥に限って学園関連の問題はないはずだ。とすればやはりお務め関連、恐らく昨日の件だろう。桃花とセットというのがその証だ。
「わかりました」
「早弁して向かいます」
面倒な事になったと思いながら、余計に上の空のまま午前の授業を終えた。
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