第5話

 会合。それは究極的にはただの腹の探り合いである。どこそこの跡取りの実力を計ったり、内紛の実情を予想したり、次に当主とする人物を誰にするかを話し合ったりする。


 もちろん、本来の目的である妖の活動状況であったり、情報の共有なども含まれているが、妖の活動が落ち着いている最近はもっぱら腹の探り合いに終始していた。


「さて、先だって確保した妖の能力の解明に成功したそうだな」


 そう口火を切ったのは最も年長であるりゅうせき権蔵ごんぞうだった。齢七十を超えて尚筋骨隆々とし、その苛烈さから恐れる者も多かった。彼もまた強大な霊力を以って敵を屠る実力者だ。老いて尚当主としてあるのはその実力からだった。加えて、その家柄も大変よく、もっぱら協会内ではまとめ役を担っていた。


 そんな彼は過去の出来事から妖に強い憎しみを抱いており、作中で最も妖に容赦の無い人間だった。


「正確には首輪を付けて飼いならす事に成功した、です。今はこの匣の中に封印しておりますが、開放すればこちらの命令通りに動きます」


 狐の面をつけた男の言葉に面々は三者三様の反応を示した。


 中でも顕著だったのは権蔵と千鶴であり、権蔵はそもそも妖を使役するなどもってのほかだという考えだったし、千鶴は妖研究の第一人者だ。その千鶴を以ってしても妖に首輪を付け完全に使役するなど不可能であるのに、ポっと出で妖研究者としての歴史が浅い稲荷(いなり)家に出来るとは到底思えなかった。


「……にわかには信じられんな。安倍の、お前はどう思う」


「不可能ではないのでしょうが、あくまで理論上の話しです。私も同じ意見です」


「百聞は一見にしかず。一度ご覧になってもらえばよろしいかと」


 その言葉に権蔵は難色を示す。稲荷の言葉からは今この場で封印を解くとしか読み取れなかったからだ。いかな実力者が揃った場であるとはいえ、階下にはなんの力も持たない人間も数多くいる。そんな場で妖を放つなど正気の沙汰とは思えなかった。


「これだけの方々がお揃いで何を怖がる事があるのですか。しようがありませんね。ではこうしましょう。安倍様に結界を張っていただきましょう。それならば安心」


「……よいでしょう。確かに、妖を制御出来たというのならば大きな力となります。私としても試すのはやぶさかではありません」


 稲荷はほくそ笑んだ。だが、その笑みは狐の面に隠され誰の目にも映らなかった。


「ではこちらの匣を。名は魍魎の匣です。名を呼び、お開けください」


「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前。四方結界」


 匣を受け取った千鶴は九字を切り、式神を四方に飛ばして結界を張った。そしてその中で匣に手をやり、


「魍魎の匣に封印されし妖よ、その姿を現せ」


 匣を開くと同時に千鶴を深い闇が包んだ。


「こ、これは……!」


 千鶴の中を巡る膨大な霊力の開放と奔流。天に向かって放出された青白いソレは天井を突き破り周囲の物を巻き込み、膨大な被害をもたらした。


 闇が晴れたその先には瞳を朱に染めた千鶴が宙に浮かんでいた。その背には優に三メートルを超える二本の角を持った赤い鬼がうっすらと存在した。いわゆる霊体というものだった。実体はもたないが、物に触れる事が出来るし、触れば感触がある。


 恭弥が恐れていた事態が現実の物となって現れた瞬間だった。


「間に合わなかったか……」


 こうなってしまえばもう千鶴を救う手立てはない。討伐対象となった千鶴は権蔵を始めとする退魔師達の手によって討伐されてしまうだろう。現に、轟音が鳴り響いてから僅かの間にスマホに妖討伐の令が下されている。千鶴が妖として認定された証拠だ。


『赤いハートにズッキュンキュン! バーンバーン』


 場にそぐわない音楽が鳴った。恭弥のスマホの着信音である。こんな事ならデフォルトのメロディーのままにしておけば良かったと思いつつ、差出人を見ると、桃花だった。


「もしもし」


『どういうことですか?』


「どう、とは?」


『なぜ千鶴さんが討伐対象になっているのですかと聞いているんです』


「さあな。俺も困ってるんだ」


『貴方の師でしょうに。随分とドライな反応をされるのですね。まるでこうなるのを知って《、、、》いた《、、》かのように』


「なんのことかな」


『今朝の事です。普段飄々としている貴方が珍しく真剣にお願いするから何事かと思えばこういう事だったのですね』


「あー、こうならないようにするつもりだったんだけど、失敗した」


『……どうするおつもりなんですか』


「……どうもこうもないさ。討伐対象になったんだ。やるしかない。あの人はもう妖だ」


『本当にそれでいいんですか?』


 良くはない。個人的な感情を抜きにしても恭弥がこの先生き残るのに千鶴の力は必要だし、何よりこの一年間師弟として過ごした時間の思い出もある。恭弥としても彼女を討伐しなければならないのは心が痛んだ。


「いいわけないだろ。俺だって救えるもんなら救いたい。だけど……」


『だけど無理だと? 見損ないました。貴方がそんな軟弱な人だとは思いませんでした』


「言うじゃないか。じゃあ何かい。千鶴さんを救う手助けでもしてくれるってのか」


『わたくしは約束を違える女であるつもりはありません』


 思い出すのは今朝の一幕。「いつか貴方に危機が訪れた時、わたくしが真っ先に駆けつけましょう」そう彼女は言った。


「……なるほどな。わかった。降参だよ。女にそこまで言わせたんだ。やるだけやってみる。まさか貸しが言ったその日に返されるとは思ってもなかったけどな」


『わたくしもまさか言ったその日に危機が訪れるとは思いませんでした。それで、わたくしは何をすれば?』


「爺さん達は今負傷して動けない。動けるのは俺達若い連中がほとんどのはずだ。爺さん達が体制を立て直す前に可能な限り千鶴さんを弱らせてくれ。どれくらいで着く?」


『もう貴方が見えています』


 見えている? まさかと思い恭弥は後ろを振り返ると、そこには耳にスマホを当てた桃花が立っていた。


「……いつからそこに」


「電話をかけたその時から」


「本部には近づくなって言ったろうに。まったく……」


「胸騒ぎがしたものですから」


 こうなってくるとどっちが年下か怪しいものだ。退魔師というのは職業柄大人びた人間が多いが、特別桃花は大人びている。行動の全てが用意周到なのだ。


「貴方はどうされるおつもりですか」


「賭けに出る。弱ったところなら俺の異能にチャンスがある」


 恭弥の言葉に桃花は眉をピクリと動かした。


「アレをするおつもりですか」


「それしかない。それ以外になんとかなる方法が思いつかない」


「……しょうがないですね。付き合いましょう。相当分の悪い賭けですね」


「俺は賭け事をする時は穴を狙うのが好きなんだ」


 果たして協力関係を築いた恭弥と桃花は暴れ狂う千鶴元へとたどり着いた。道中すでに挑んで逆に討たれた退魔師達の亡骸がゴロゴロと転がっていた。


「これは……凄まじい霊気ですね」


「そりゃー元は千鶴さんだからな。怖気づいたか?」


「冗談を。わたくしは正面から行きます。貴方はカバーをお願いします」


「了解。そんじゃま、行きますか」


 冷静沈着だった千鶴からは考えられない無秩序な暴力。目に付く物を手当り次第に破壊して歩くその姿はまさしく「鬼」だった。


 美しく白い肌は傷にまみれ、痛々しくて見ていられなかった。


「今お救い致しますよ、千鶴さん。待っててくださいや」

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