第21話 決意
「って言っても、まずはこの状況を打破する方法を考えないとな」
暁月は腕を組み、いかにも悩んでいそうな人がするポーズをとった。
この動作に何か意味があるわけではない。だが、このポーズをとっていると、僅かに何かが浮かんでくるような予感がするのだ。
「取り敢えず、何か検索してみるか」
小説家の人たちは山ほどいる。なら、暁月と似た状況の人だっているに違いないので、『スランプから抜け出す方法』と調べてみた。
どうやら、スランプというのは身近にも経験している人が多いようで、対処法がすぐに見つかった。
暁月はすかさず読み進めた。
「どんなスランプに陥っても抜け出すことが出来る十二の方法……?」
十二個を多いと見るか、少ないと見るかはそれぞれだろうが、暁月には多く感じた。
「えーと、スランプであることを自覚する」
自覚がなければ、こんな風に調べることはないわけだから、これを見た人はみんな自覚していることだろう。勿論、暁月だって自覚している。
「スランプを、受け入れる」
これは、認めろということなのだろうか。なら、暁月は出来ていない。受け入れてどうしろというのだ、と今まで考えてきたからだ。
「諦めることに肯定的になる」
要約すると、悲劇の主人公ぶらずに前向きに考えろ、ということだ。
「スランプについて、人に話す」
相談という形で話してはいるし、一応当てはまっていると思う。これには、悩みを共有できたりする、と書いてあるが。
「同情を引くのをやめる」
同情を引いたところで、状況は変わらないと教えてくれているのだ。たしかにな、と暁月は思う。
「精神的にポジティブになれる物事に触れる」
ただでさえ、落ち込んでいるのに慰めとはいえ、マイナスな情報を聞いても余計に悪化するようだ。創造力の低下もあるそうなので、絶対にやらないようにしよう。
「自分のエネルギーレベルを上げる」
エネルギーレベルというのは、多分、免疫力と似たものなんだと思う。スランプに負けないようにする抗菌だと思えば分かりやすい──捉え方が間違っていたら恥ずかしいが、きっと大丈夫だろう──。
「スランプに感謝する。……感謝か」
スランプも小説家になるための足枷だと思って力を会得しろ、ということか。確かに、勉強熱心な暁月なら、その考えでくぐり抜けられるかもしれない。
「ポジティブな人とだけ付き合う……俺が付き合ってる人たちってみんな元気だからなー。これは関係ないな。……次は、自分の体に刺激を与える……刺激?」
詳細を読むと、ある程度分かった。
そして、暁月がすべきことは、瑞紗を最優先に考える、ということになるのだろうか。小説よりも。
「他人を助ける。……あれ、つい最近、というか今朝そんな覚えがあるぞ」
暁月は登校中、公園で蹲っていた少女と母親探しをした。最も簡単に見つけられたものの、先生には信じてもらえなかったが。
「あれ、もしかして、スランプ回避する手段すでに持っているのでは?」
十二個もあって大変なのかと心配したが、案外乗り越える手段は沢山あるようだ。
「あ、最後にもうひとつあった。……行動に移す」
暁月はゆっくりと目を閉じ、そして再び開いた。
そして、パソコンに保存してある小説。ラブレターが入っているファイルをクリックした。
翌日は、きちんと進路希望調査を提出したので、怖い担任に呼び出されることなく一日が終わった。
家では、四人仲良くやっていけてるので、特に語ることもない。いつもの日常だ。
ただ、少し、変わったことと言えば、暁月自身のことだ。
暁月は、これまで以上に文字を打ち続けた。何を書きたいのか、分からなくなることだってある。それでも、書き続けた。
書いてさえいれば、後からいくらでも手直しができるのだから。
暁月は変わった。
成長したのだ。
暁月一人では、ここまで急成長を遂げられなかっただろう。
受験もあるのに、家事を受け持ってくれた妹、茜。
初めて書いた本を手直しして、励ましてくれた入鹿乃 咲。
初めて暁月の物語を面白いと言ってくれた犬飼 智乃。
そして、小説家になるためのきっかけをくれた天使 瑞紗。
「咲と智乃と出会ってから、少し変われた気がする。時々様子がおかしい時もあったけど……結局何だったんだあれ?」
暁月にとって、咲と智乃との出会いは紛れもなく暁月に変化をもたらした。
暁月は咲たちと出会った前日のことを思い出していた。
「僕の人生を満たしてください。もしかしたら、神様は俺の願望を叶えようとしてくれたのか?」
これが全て神の行いなのだとしたら、咲たちとあんな出会い方をしたのも納得できなくもない。それに、二人は暁月自身を変えようともしてくれた。
その結果が今の暁月なのだ。
神は暁月を、既に満たしてくれたのではないだろうか。
「いや、違う。神は何でもしてくれるわけじゃない。俺自身もして欲しいとは願わない。俺の願いは、俺の手で叶える」
そう。まだ満たされてなどいない。
神がしてくれたのは、あくまで暁月を変えるきっかけをくれたに過ぎない。暁月は自分で変わったのだ。
もう、瑞紗を想う気持ちを隠したりしない。自分のありのままを言葉に乗せることができる。
暁月の物語のメインヒロインはこれからも変わることはない。
こんなのは、ただの事の一端に過ぎない。
暁月ならば、乗り越える手段を知っている。これまで生きていた中で答えはあったのだから。
「明日は進路発表会か。何でそんなことする必要があるのか本気で知りたい。が、今はそれには感謝しないとな」
暁月はあれほど嫌だった発表会のことを楽しみにしている。それと同時に緊張もあらわにしていた。
理由は一つ。
瑞紗の進路を知れるというのもあるが、それは違う。
それは、
「好きだ! もう一度、俺と付き合ってくれ!」
瑞紗に告白することを予定していた。それも進路発表会の日に。それも教室で。
「いや、これじゃ駄目だ。告白と言っても、どうすれば……」
初めて告白した時は、純粋な気持ちを率直に伝えることが出来た。
だか、今はお互いに成長しているし、そもそも暁月にあの言葉をもう一度繰り返したくはなかった。
「……ん?」
一瞬、何かがひらりと紙吹雪が舞い上がったような景色を視界の端でとらえた気がした。
それは気の所為ではあったが、一つ暁月の目に止まったものがあった。
それは、小説だった。
自分が一番好きな小説でなく、自作の本だ。
「僕の
今タイトルを口に出して読むと、余計に恥ずかしくなってくる。
暁月はそれを手に取って、告白シーンを開いた。あくまでどんなことを書いていたのか、好奇心からだ。
「………。…………っ! そうか。それで良かったんだ。気持ちを伝えるのにかっこいい言葉を並べる必要なんてないんだ」
暁月はそっと本を閉じ、明日の支度をした。
支度と言っても、持ち物に変わりはないのですぐに終わった。
まだ、寝るには早い時間だが、今日はもう寝ようと思う。
明日に向けて、緊張はほぐしておかないといけない。
暁月は部屋の明かりを消し、真っ暗な部屋のベットに横になった。
全くと言っていいほど眠くないので、眠れないと思うが、目を瞑れば眠れるかもしれないと考え、目を瞑った。そして、感謝をした。
「ありがとう。……過去の暁月」
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