第20話 夜の執筆
暁月は進路指導室を出て帰路に着いた。それからは、イアホンで流行りのアニソンを流しながら帰る。音楽を聴くと不思議なことにあっという間に家に到着した。
家に入ると、既に茜が先に帰っていたのが分かった。咲が出迎えてくれて、茜の夕食を食べる。
何だか急に賑やかになったように感じる。
心做しか、何にも消極的だった暁月にも自信が湧いてきた。これも、咲と智乃のお陰なのだろうか。だとしたら、感謝しなければならない。
暁月は最初に風呂に入ることになっているので、夕食後、すぐに入浴する。
暁月の家の風呂はさほど大きいわけではないが、一人だけなら問題はない大きさだ。髪と体を洗い流した後は浴槽に十五分浸かる。それ以上浸かるのは体によくないとテレビで見た覚えがある。
それから風呂を上がると、時計は九時を迎えていた。
暁月は机に腰を落とし、例の紙を取り出す。大きな文字で進路希望調査と書いてある。
迷いなく、書いていない残った箇所を埋めていく。
進学か就職か:進学
希望校:○○校
動機:小説家になりたいから──
「──小説家、か」
頭の中には書きたい物語がいっぱいある。だが、それを表す言葉が見つからない。どれだけ頭を使っても出てこなかった。二日間も時間があったのに、だ。
「……智乃にだってまだちゃんと謝れてないのに」
家の中は広くない。だから、智乃と会うことだってあるが、毎回、目を逸らしてしまうことがあった。智乃の二人になることはなかった。
そこでふと気付く。
「今なら、咲は寝てるだろうけど、智乃なら起きてるかな」
前は智乃が心配してきてくれた。それをあんな形で追い返してしまった。なら今度は暁月自信が謝りに行くべきだ。
暁月は一通り書いた紙を鞄へと仕舞い、智乃のいる部屋へ向かった。
──これ、普通に入っていいものなのか? 変態だと思われたりしないかな。多分、大丈夫だろう。智乃は割と運動神経も良いみたいだったし
そして、部屋へと続く扉を開けた。
部屋には咲と智乃がいた。それは何も怪しいところじゃない。今はもう九時を過ぎ、もう少しで三十分を迎える時刻に、咲と智乃以外にもう一人──と言えばもう該当者は一人しかいない。
「……茜、どうしてここに?」
「それはこっちのセリフなんだけどおにーちゃん。……こんな夜中に妹に何の用?」
「いや、それは……というか茜こそ何で咲たちの部屋にいるんだ?」
「今日の掃除のことで二人と話をしようと思ってただけなんだけど」
だからどうしてそう、棘を刺すことが出来るのだろうか。一応、兄のはずなんだが。
くそ。茜の前で、あんなことがあったと謝れるわけないし、かといってこの部屋に来た理由がなければ今後、冷ややかな目で見られることになる。
どうすれば──
「──茜、暁月は智乃が呼んだの。これから少し話したいことがあるから」
「そうだったの? 分かった、じゃあうちはもう行くね」
そう言って茜は席を立つ。
「話、まだ終わってなかったんじゃないのか?」
「んー。ま、大体言うこと言ったから大丈夫ー。心配しなくていいよおにーちゃん」
「ありがとな、茜」
「……ん」
茜が部屋を出て、三人だけになった中、暁月は中々話を切り出せなかったが、頼もしい二人が切り出してくれた。
「それで、何の用なの暁月?」
「あ、えっと、智乃に謝りたいことがあって……」
「謝りたいこと……?」
咲は首を傾げながら、智乃の方に顔を向ける。
智乃も最初は何のことか覚えがないと、口をポカーンと空けていたが、すぐに察してくれたようで平常に戻った。
「……あれは別に君が悪いわけじゃない。だから、謝らなくていい」
「それでも、謝りたいんだ。あの時の俺は理不尽に智乃に当たった…………ごめん」
智乃は謝らなくていいと言った。しかし、それでは気が済まなかった。自己満足かもしれないが、謝ることが出来て少しほっとする。
「智乃、暁月と何があったの?」
「……別に。咲の寝相が悪くて眠れないから暁月の部屋に行ってみただけ」
「ふうん……暁月、智乃が気にしないでって言ったならもう気にする必要はないわよ。ちゃんと謝ってくれたし」
「ああ、ありがとう」
意外とあっさり許して貰えたので、少し釈然としないが、これで関係が悪くなることはないだろう。
暁月は安心感を口に出す。
「あー、スッキリしてよかった」
「暁月、ずっとそれ気にしてたの?」
「ああ、そりゃあ気にするよ」
「……別にしなくても良かったけど、……ありがとう」
「う、うん」
本を読む手を止めてこちらを見た智乃は少し笑ったような気がした。
「小説の調子はどう?」
「えっ? あ、小説ね。前と変わらない感じかな」
「そう。……でも、君ならきっと、もう一度書けるようになるよ」
「……そうだなといいな」
智乃は暁月の本を唯一、面白いと言ってくれた読者だ。だから、智乃のためにも書きたい。
「え!? 暁月って小説が書けるの!?」
今までベットでごろごろしながら、話を聞き流していた咲が会話に参入してきた。
「まあ、大した文章じゃないけど」
「へぇー! 凄いじゃない! あたしにも読ませて!」
「え!? いや、あれはその……」
あんな子どもにはえげつないセンシティブな内容の小説を読ませていいのか、という不安が脳裏を過る。
「えー! 智乃には読ませてあたしにだけ読ませないのって酷くない?」
「分かった! 分かったから、退いてくれ!」
暁月は、腰にくっついたマスコットキャラクターになった咲を退け、取り敢えず部屋に戻り、瑞紗宛に書いた本を持ってきた。
「これ、本だったのね。てっきり、ラブレターか何かかと思ったわ」
「まあね、僕がラブレターをもらえる日なんて来ないよ」
ははは、暁月は悲しくなりながらも、あながち間違っていない咲の予想に驚嘆する。咲だって恋をする頃だからなのだろう。
「それ、少し悲しくならない?」
「なる」
「そうよね」
咲は本を受け取ると、直ぐに読み始めた。
正直、咲は本なんか興味がないと思っていたが、そうではないようだ。真剣に読んでくれているのが知れて、暁月は高揚感が湧く。
咲はペラペラと読み進める。
やがて、パタンと本を優しく閉じ、
「……暁月、何が書いてあるのか、よく分からなかったわ!」
「そんな事だろうと思ったよ!」
咲が小説を本当に読めると感心してしまったのだろうか。
「あたしにはちょっと難しい話ね。どうしてヒロインは主人公のことが好きなのに振っちゃったの?」
「……咲には分からない乙女心だよ」
「あー、これが乙女心……ってあたしも乙女なんだけど!」
「本当は乙女じゃないんじゃない?」
「そんなわけないでしょ!」
何のことか暁月にはさっぱりな会話を二人でしている。
全く、本当に仲良しだな、と思う。まるで本当に兄弟のように感じる。
「じゃあ、僕はそろそろ戻るよ。……智乃」
智乃は何? と首を傾げ、暁月の目を見た。
「続き、期待して待ってろ。俺は絶対に完成させるから」
暁月は智乃と咲に背を向けているので顔は見えないが、「待ってる」と言ってくれた。
きっと智乃の顔は笑顔だったに違いない。
暁月は部屋を出た。
暁月の部屋にて。
「よし! 絶対に書ききってやる。僕、いや俺は絶対に、小説家になる!」
俺──佐藤 暁月は二度とこの気持ちを忘れないと神に誓った。
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