第19話 変化
久しぶりに登校をしたと思いきやたちまち放課後が訪れ、暁月は現在、生徒指導室にいる。怖い顔した体育教師こと担任が竹刀を手に持ち、肩たたきのようにしている。
その先生と机を挟んで対面している。
今どきの体育教師が竹刀なんて持って何をする気なのかは知らないが、土下座の準備をしておくべきだろう。
どうしてこうも自分は土下座をしたがるのか、暁月自身にもそれは分からない。
怖い顔の体育教師と端的に表現してしまったが、男子にはかなり好かれている先生なのだ。怖い顔、と聞くと本当に怖い顔を想像するだろうが、一ノ瀬学園の体育教師は格が違う。
最大の理由はその人が女性だ、ということから起因している。ただの女教師ってだけでは理由にもならないだろう。
だが、その先生はかなり美人なのだ。それに加えてギャップが激しい。
それがどれくらいかというと、お洒落や男っ気一つない──寧ろ寄せ付けない雰囲気を醸し出している高身長のスレンダーな女性が、ロリになるくらいだ。
…………。うん、理解に苦しむと思う。
だから、暁月はもう何も言わない。朝、教卓の前で生徒指導室に来いと言われた直後、羨望の眼差しを向けられたことは黙っておく。
「佐藤。お前、今日はどうして遅刻してきた?」
「…………困っている人を助けていたら、遅れました」
「……はぁ。佐藤、つくならもっとマシな言い訳を考えろ。困ってる人なんてなかなかいねえよ。大体、お前は助けるような人間じゃないだろ」
それはあまりにもひどいと思う。暁月にも人間らしく泣ける、ということを教えてあげたい。
「いやでも先生。本当に僕、これくらいの女の子のお母さんを探してあげてたんですよ」
先生までも、茜と同じ目をするのはやめて欲しい。辛い。
「……。まぁ、それは今はいい。それよりも佐藤。まだ進路希望調査出していないだろう? 書き終わっていないのか? 終わらないとロングホームルームで進路発表会が出来ないじゃないか」
「あー、それはそのー……」
しまった。まだ書いていなかった。
因みに印象が変わらないように言っておくが、暁月は決して忘れていたわけじゃない。暁月に迷う余地などないからだ。
“進学”。たった二文字を書くだけだ。それなら暁月はもう書いた。だが、進路希望調査の紙には進学か就職かを選ぶ項目の他にも将来の夢を書く欄があった。
暁月の夢は小説家になること。そう書いて提出すればいい。するだけで済むのなら、先延ばしになどしていない。
この学校には──他でもあるのかもしれない──進路をクラスメイトに公表するとかいうシステムがある。
その謎システムのお陰で、提出しずらくなった暁月はギリギリまで悩み、いつの間にか忘れていた。
「書いてないんだな?」
「えっと、まぁはい」
小説家になりたい、なんて恥ずかしい夢をクラスメイトに発表するとか出来るわけない。
ってことで暁月はそっと嘘をついて誤魔化した。
「佐藤は気になる職業とかないのか? 具体的にこれがしたいとかじゃなくても、こんな仕事がしたい、とかないか?」
「……強いて言うなら、自宅警備──」
「それ以上、先のことを話したら……切るぞ?」
先生は持っていた竹刀の先端が暁月の首に、絶妙に当たらない位置に突き出す。
「……すみません。……あの先生、一つ質問いいですか?」
「なんだ?」
「瑞紗は進路、どう書いてますか?」
「は? んなもん言えるわけないだろ、個人情報だ。それに、家も近いんなら直接聞けばいいだろうが」
「いや、まぁそれはそうなんですけど」
それが出来ないから聞きたかったのだが。それが当然だよな、と諦める。
暁月のあからさまにしょんぼりした態度を見て、可哀想に思ったのか、少しだけヒントをくれた。
「あー分かった分かった。詳細は言わないが、少しだけなら教えてやる。その代わり、明日絶対に提出しろよ?」
「……! 分かりました! 絶対に提出します!」
ヒントだけでも凄く嬉しい。
先生は竹刀の他に持っていたファイルの中をペラペラの捲り一枚の紙を取り出した。きっと瑞紗のだ。
書かれているであろうプリントの内容を一通り目を通した先生は冷ややかな目でプリントを見ている。
何が書いてあるのだろう。すごく気になるが、ここは黙って待つ。
「あー佐藤。もしかして、瑞紗のこと好きだったりするか?」
「え!? ど、どうしてですか!?」
「なるほどな、ほーなるほどー」
「何ですか先生! どういう事ですか!!」
「今まぁそう活火するな」
急にそんなこと聞かれて冷静になれるか。というよりなぜ知ってる?
「うーん、そうだなー。今日はもう帰っていいぞ。明日の提出、忘れるなー」
露骨に話を逸らして帰そうとする先生。
「瑞紗の進路希望のヒント、くれるんじゃなかったんですか?」
「あー、それなー。なんというかその、この夢は同ヒントを与えていいか分からん。……分からん自分に腹立ってきたな」
何だそれは。せめて進学か就職かくらい教えて欲しい。
「そうですか、分かりました。でもこれだけは聞かせてください。瑞紗は進学ですか? 就職ですか?」
「……就職、かなこれは」
先生は頭にはてなマークを浮かべながら言った。はっきりして欲しかったが、何だか後半から様子が変なので、そっとすることに決めた。
──今度、直接聞こうかな
「ありがとうございました先生。では僕は言われた通り帰りますね。さようなら」
「あ!」
「……まだあるんですか?」
「いや、ないんだが……。一つだけ大人の女性からのヒントだ。……あまり待たせるなよ」
その時の先生は、凄く儚く美しく見えた。
──いや、待たせるって。何を?
暁月が進路指導室を出てから5分が経過した。
それなのに、未だに室内には一人の影があった。先生だ。五分間も座りっぱなしで、暇なのだろうか。
「……羨ましい」
ぽつりと誰かの声が聞こえた。とても可愛らしい声だ。この部屋には先生しかいないはずだ。一体誰の声だろうか。
「私だって彼氏が欲しいよぉー……」
先生の声だった。さっきとは差異にすぐに気づけなかった。
「私だってその気になれば余裕で彼氏なんてできるし。今はしっかり教師やってるから、恋愛は中断してるだけであって。私はもう二十四だけど、女性の結婚平均年齢は二十九歳辺りらしいから、まだ全然焦るようなことはないし。生徒の恋愛に嫉妬なんてする訳がなくて──」
彼女は机に突っ伏したまま、ブツブツ念仏のように唱えている。
「はぁ、佐藤と天使はいつか結ばれるんだろうなー」
先生は手に持っているプリントを見ながら呟く。
それにはこう書かれていた。
名前:天使 瑞紗
出席番号:三番
進学か就職か:どちらかと言えば就職に該当する
将来の夢:暁月のお嫁さん
「これをみて、同ヒントを出せと! 自慢か! 私に対する侮辱なのか!! ……いや、それはないか。生徒に対し何を言っているんだ私は。佐藤はなんだか鈍感とうだしなー。瑞紗の気持ちが伝わればいいな」
先生は少し考えてから、深呼吸する。
「……いや、やっぱりリア充は全て爆ぜろ」
そう言い残し、生徒指導室を出た。
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