第18話 これは遅刻じゃない
一日寝ていたおかげですっかり元気になった暁月は、心弾ませながら通学路を歩いている。
何故こんなにも浮かれているのか。それは、
「暁月くん、具合本当に大丈夫? もしまだ優れない所があったら保健室連れて行ってあげるから、ちゃんと言ってね?」
そう。暁月の元カノであり現在進行形で恋焦がれている彼女──天使 瑞紗と肩を並べて登校しているからだ。
ほんのり甘い香りが漂ってきて脳みそを溶かしてくる。これはかなり危ない。
「ありがとう瑞紗、その時は是非頼らせてもらうよ」
「うん!」
嬉しそうに微笑む瑞紗。
──あぁ、可愛いなー。これで恋人だったなら完璧なんだけどなー
日頃からこんなに近くにいると、その内、限界が来てしまう。なんの限界かって? 告白するのを必死に我慢する限界だ。できることならしたいが、振られることがわかってするやつは、覚悟を決めた者か適当な者のどちらかだろう。
暁月にとっては瑞紗とこうして学校に通えるだけでも幸せなのだから、出来るだけ壊したくない。
出来るだけ暁月は考えないように話を変える。
「そういえば、昨日家に見舞いに来てくれたんだってね。ごめんね、寝ちゃってて」
「ううん! 全然いいの! 私の方こそ、具合悪い中急に寄っちゃってごめんね?」
瑞紗は急に慌てふためき、顔を赤くしている。普段の瑞紗はお淑やかなイメージなのだが、今日は可愛い女の子、という感じがする。いや、いつも可愛いが。
「僕は全然平──」
そういえば、“僕”じゃなくて“俺”にしようとしてたんだった。
しかし、いざ急に一人称を変えるとなるとかなり恥ずかしい。昨日は何故一度も言わなかったのか、と気にする。
「あのさ、瑞紗。僕、えっと、一人称を俺にしたいんだけど、どうかな?」
一体、何を聞いているんだろうか。主人公になりたい! とか自信たっぷりに言っていた暁月は夜の闇へと消えていっていた。
「……え?」
「……え?」
二人は立ち止まり、一瞬時間が止まった。
「…………どうしたの暁月くん? まさか、イメチェンでもするの!? それとも、かなり遅めの高校デビュー!?」
「ち、違うよ! もう高校生なんだからいつまでも子供っぽいままじゃダメかなって思っただけだよ!」
それを聞いた瑞紗はあからさまに安心した面持ちで、ほっとしているのが分かった。
何だろう、この微妙に心に刺さる感覚は。
「そ、そっかー。暁月くんももう高校二年生だし、オトナになりたいと思うよねー」
「何だか、違う意味の言い方されてる気がするんだけど……」
本人も暁月の言いたいことが理解出来たのか、手で顔を覆ってみせた。隠しきれない頬は赤く染っている。
──なんだろう
「で、でもほら、暁月くんは男の子じゃん? やっぱり男の子って子供っぽさとか気にしたりするんだなって」
今の瑞紗は幼なじみの瑞紗、ではなく可愛い女の子としての瑞紗──な気がする。何かを隠している時の瑞紗だ。昔から隠し事ができない人だった。
幼なじみとしても瑞紗は、暁月からみて兄弟のようなものとしか考えていなかったから、肩が当たったりしてもたじろぐことはなかった。
瑞紗とは長いこと一緒にいるが、一方的に照れているという状況が暁月の理性を潰そうとしてくる。
「……瑞紗」
「ん、何?」
「何かあった?」
「え!? な、何もないよ! ど、どどうして、そそんなこと聞くの??」
只今瑞紗は、滅茶苦茶慌てていた。これは絶対何かあるのだろう。
暁月の瑞紗専用嘘発見器が作動しているのが証拠だ(何だよそれ、と思うだろうが気にしないで欲しい)。
「い、いや、別に大したことじゃないよ。ただ、ふとそう思っただけで」
「そ、そうなんだ……」
嘘発見器がなんたら、なんて言ったら、絶対に嫌われる。それに、あのままだとつい告白してしまいそうになる。
瑞紗と会話する度に、甘い匂いの誘惑の所為で脳が蕩けそうになるのを堪えるだけで精一杯だ。とても、会話ができる状態じゃない。
──こういうのをヘタレって言うんだろうな
そうだ。暁月のように好きな人に好きとも言えないような人間が主人公になりたいなどと、よく言ったものだと思う。
瑞紗もそれから反対側を見ながら──暁月を見ないようにしながら、話さなくなった。もっと話したい気持ちもあるが、心を安定化させる方が先だ。
そんなこんなであっという間に学校が見えてきた。あくまでも見えてきただけであって、まだ五分は歩かなければ行けない。
そんな距離に達した辺りで、
「じゃ、学校ついたからまたね暁月くん!」
学校はまだ先にあるのにも拘わらず、暁月から逃げ去ろうとするほどのこととは一体なんなのだろうか。
「しかも、かなり早いし。もう見えなくなってる」
暁月は瑞紗の後ろを追うようにとぼとぼと、学校に向かった。
通学路は何も変わらぬ景色で車通りも人通りも多い道だ。デパートに行った時の大通りではない。
途中、公園がある。どんな公園かと聞かれれば、どこにでもあるような一般的なあれだ。敷地面積は……そんなの知るか。まぁただ、ブランコがあり滑り台があり、ベンチもトイレも勿論、砂場だってある。
そして、何故急にどうでもいい話をしたのかと言うと、
「うぅぅぅ……ママぁ、どこぉー。うぇーん」
泣いている女の子を見つけた。小学生になったばかりくらいの幼い女の子が、公園のベンチに座って泣き叫んでいた。
どれだけ泣いていたんだろうか。だが、別にそんなの暁月にとっては他人事。気にすることはない。
ないのだが、
「君、お母さんとはぐれちゃったの? 一緒に探してあげようか?」
子供が泣いているのを見過ごせる訳がなかった。暁月は自分よりも年下の子どもが困っているのに弱い。どうしても手を差し伸べてしまう。
「……ぐすっ、お兄ちゃん、だれ?」
声をかけられて落ち着いたのか、泣き止んだ少女は暁月を怪訝そうに見ている。
「あ、ごめんね。お兄ちゃんは別に不審者とかじゃないんだ。君が泣いてたから、どうしてか気になっただけで」
「…………おかあさんと、はぐれちゃったの」
返答に迷ったのか、少女は少し考え込み、やがてそう答えた。
「ここで、はぐれたの?」
「ううん、違う。駅の方」
「駅!?」
予想外の答えが返ってきて暁月は驚いた。駅はここから歩いて七分くらいかかる。
暁月の予想は、幼稚園か小学校に登校する途中にはぐれたのかと思っていた。しかし、電車を使って小学校に登校するなんてことはこの近隣にはない。
つまり、少女は一人でここまで歩いてきたことになる。
「あ、ごめんね。急に大声出してごめんね? 驚かすつもりはなかったんだ。駅まで一緒に行ってみる?」
「……うん。お兄ちゃん、ありがとう」
そう言って、少女なりの満面の笑みを見せてくれた。
少女は、
少女と一緒に駅まで行くと、真冬の母親らしき人がうろうろとしていたので、すぐに真冬に声をかけると、母親の所まで走っていった。
母親には、困ってしまうくらい感謝を告げられ、何かお礼がしたいと言われた。
かなり有難いことなのだが、学校に遅刻しそうなので、名前だけでもと言われたので名前を告げ、学校まで急いだ。
「後で生徒指導室まで来るように」
間に合わなかった。
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