第17話 長い長い月曜日──終

「ただいまー」


 鍵を玄関に置き、靴は揃えて脱ぎ──

 ──一足多かった。暁月、咲、智乃の三足しかないはずの靴が一足多い。しかし、茜は別に驚くことはない。誰の靴なのかが直ぐにわかったからだ。


 そして、上着はきちんとハンガーにかける。 それからは、洗面台で手洗いうがいをしっかりする。そのから帰ってきたら、これは必須だ。


 手は汗でベトベトするし、何か汚いものが付いていそうな気がする。兄には潔癖症だの気にしすぎだの言われるが、家に帰って来たら手洗いうがいは当然だと思う。


 寧ろ、しないなんていう不届き者とは付き合っていけない。綺麗にしておけば光るのだから、どうして汚れをそのままにしておくのかが分からない。

 そんな人いないと願いたいが身近に居るのだから、認めざるを得ない。


 兄──暁月は家事が何も出来ない。料理・洗濯・掃除をはじめ、何の役にも立たない。暁月には、レベルの基準が高すぎると文句を言われたが、綺麗にするのだから当たり前だろう。


 そんな話は置いておいて。茜は洗面台へ手を洗いに向かう。洗面台には鏡が付いているのでいやでも自分の顔が映る。

「可愛い目してるね。顔小さくて女優みたいだね。彼氏とかいないの? 良かったら今日、カラオケとか行かない?」


 今日近寄ってきた男たちに言われた言葉を棒読みで独白する。

 茜には悩みがあった。


 それは、男子生徒からモテる、ということだ。モテるというのは茜も憧れがあった。しかし、行き過ぎた人気というのは鬱陶しい。


 男子生徒が机を囲んでるせいで、茜は友達と会話もろくにできない。たまに友達が助け舟を出してくれる時もあるが、あっという間に流される。


 入学当初はこんなことはなかった。みんながお互いにわいわいしていた。なのに、いつからか、それが偏ってしまった。


 偏った、というのは、茜を好きな人たちと嫌いな人達で対立し、分裂したのだ。みんながそれぞれ友好関係を築いたり、恋愛したりすることがなくなった。


 まるで茜がアイドルになったかのようだった。

 唯一の救いは、友達がそばに残ってくれたことだった。


 アニメには興味はないが、暁月がよく可愛い女の子は虐められる、とか言っていた。その頃は聞く耳を持たなかったが、現実であるとは思わなかった。

 ──どうしてこんな顔で生まれてきたんだろ

 茜は自分を可愛いなんていう痛々しい女の子ではないが、あれほど周りから言われ続けると否定する方が可笑しいと思われる。


 かといって否定しなければ、色々言われるわけだから難しい。


「はぁー」


 茜は手を拭き、リビングへ行く。ソファーでゆったりしたい思いだった。

 リビングに入った時、一瞬模様替えしたのかと思った。絨毯が無くなっていたからだ。


「あれ? 咲ー」

 すぐに気づいた茜は咲を呼ぶ。間もなくして上から下りてきた。


「茜、……おかえり」

「そんな態度になるってことは、なにか言いたいことがあるよね?」

「その……」

「怒らないから、言ってみて」

 身構えている咲に優しく話す。

「ごめんなさい茜。絨毯にジュースこぼしちゃって」

「ふぅ、だと思ったよ。うちが何とかするから次からは気をつけてね」

「うん! ありがと茜!」

「どういたしまして」

 咲は肩の荷がおりたように来る時とはまるで違い、自室に戻っていく。


 ──うちはもう肩凝ってきそうだよ


 学校では男子に話しかけられるし、家では家事をしなくちゃいけない。勉強する時間がどんどん削られていく。


 どうして人間はここまで丈夫なのだろうか。もう少し簡単に折れてもいいのにと思ってしまう。そうすれば、苦労することもない。


 ただ、それではダメだ。茜には大切な夢がある。

 その夢を叶えるまでは絶対に諦めるわけにはいかない。


 どうしても叶えたい夢がある。そのためなら、この程度、動作もない。いつか自分の望む未来のためならば。でも、少しだけ負担を減らしたいな、と願う茜だった。


 階段を暫し見ていた茜は絨毯を洗う作業に移る。

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