第14話 月曜日──午前
「暁月、大丈夫!?」
いつもの様に起こされた暁月は、起こしてくれた相手──咲を見る。咲は昨日よりも慌てている様子だ。咲が心配してくれると言うのが何処か可笑しくて面白い。
後で鏡を見て分かったことだが、昨日の色々な原因によって目の下に隈が出来ていた。ぐっすり眠れなかったのだ。
眠れなかった要因だけははっきりと覚えているのが、辛い。
昨夜、暁月は小説が書けない、という初めての体験に頭を悩ませていた。いや、もう悩むとかいうレベルではない。完全に気を揉んでいた。
そこへ急に智乃が部屋に入ってきた。智乃は、咲の寝相が悪くて眠れない、と言っていたが暁月が昨日大きな音を出してしまったことで起きてしまったのだと思う。
智乃と初めて長話をしていたが、暁月は我慢出来ずに智乃に当たってしまった。
それから智乃は、前にも見せた暗い表情で部屋から出ていった。
小説を書けなくなったこと。
そして、それによって智乃を怯えさせてしまったこと。
その二つの原因で、暁月は体調を崩した。
「ん。熱はないけど、一応休んだ方がいいんじゃない?」
「ごめん、茜。そうさせてくれると助かる……」
今日は月曜日。学校がある日だ。だが、流石にこの状態でまともに授業を受けられそうにない。熱もないのに休むというのは若干、罪悪感もなくはないが今は早く横になりたい気持ちの方が強かった。
「んじゃあ、おにーちゃん。今日は安静にしててね。お昼は三人分用意してあるからもし食べれそうだったらあっためて食べてね」
「あぁ、ありがとう茜」
「ん。じゃ、学校行ってきます」
「行ってらっしゃい」
茜は暁月の部屋を出ていった。その後、玄関を出て中学校に向かったことだろう。
──茜ももう、中三だしな。受験を控えているんだから、少しは家事の負担を減らしてあげないとな。
茜が出ていくのと入れ替わるように咲が突入してきた。
「暁月! 大丈夫?」
「うーん、少し辛いけど、寝たらきっと治るから平気だよ」
「そう。ならいいけど……智乃も心配してたんだから、早く治しなさいよね」
「……!」
「どうしたの?」
「……いや、何でもないよ。そっか、心配かけてごめんな」
「まぁ、智乃が落ち着いてるからなんともないだろうとは思ってたけど。取り敢えず、今日は寝てた方が良さそうね」
「うん、ありがとう」
「構わないわよ。おやすみ暁月」
「あぁ、おやすみ……」
暁月は自然に目を瞑る。一瞬で眠ってしまいそうな眠気の中智乃の顔が浮かんだ。お陰で眠気が緩和されている。
瞼の裏に映る智乃の顔は、暗いものばかりだ。その中で、そうじゃない表情の智乃の姿が浮かんだ。本を読んでいる時の姿だ。いつも無表情で本を読んでいるので、感情は読み取りにくいが智乃は暁月の本を面白いと言ってくれた唯一の存在だ。
もう一度面白いと言ってもらいたい。でも、どうすればいいのかがわからない。きっと智乃には嫌われているだろうから。友達同士で喧嘩もしたことがない暁月に答えを出すことが出来るのだろうか。
眠気が濃くなっていく中、暁月は思い出したことがあった。
──必ず、二人を幸せに……してみせる。……二人って咲と智乃のことかな? でも、幸せにってどうすれば……。
そこでスッと暁月は夢を見ることのない深い眠りに落ちた。
•*¨*•.¸¸☆*・゚
「起立。気を付け。礼。着席」
今日日直のクラスメイトの挨拶で授業が開始した。瑞紗が座っている席は窓側の一番後ろ──六列目だ。
三階建ての校舎で二階にあるこのクラスは窓からの眺めがいい。遠くの山々や青い空は絶景だ。隣の教室でも同じ光景かもしれないが、この部屋の角度が瑞紗のお気に入りだ。
この学校は元々丘の上にあるため眺めがいい。屋上へ行けば、夏でも涼しい風を浴びることが出来る。
学校のある日は雨の日でも雷の日でも外を鑑賞するが、今日はしていない。
瑞紗は窓とは逆──廊下側を見ている。廊下を見ているのではなく、瑞紗の隣にある誰も座っていない席を見ていた。
「暁月くん。どうしたのかな」
瑞紗の隣の席のクラスメイト──暁月は今日体調不良で学校に来ていない。何かあったのだろう。風邪でも引いたのだろうか。
瑞紗も昨日の夜までは暁月と一緒に過ごしていた。そのため、風邪を引いたとは考えにくい。原因は不明だが心配だ。学校が終わったら、お見舞いに行ってあげるべきだろう。
外は今、曇り空だ。こんな時にこんな天気を見ると、違っていたとしても悪い想像ばかりしてしまう。
「暁月くんは強いから、きっとただ体調を崩しただけだよね」
瑞紗は大丈夫、大丈夫、と自分を宥める。
「……っ!」
何を考えているのだろうか。彼女でもないのにそんなこと気にするなんて。暁月を振ったのは自分だ。今更、後悔することなんかない。
何故なら、あの時の言葉に嘘はなかったからだ。
それでも、未だに消えてくれない。
暁月のことが好きだという気持ちが。
この気持ちを伝えたくて伝えたくて堪らない。でも、振った相手が告白するなんてことをすれば失望されるだろう。
だから、今まで何も出来なかった。
出来るなら今も暁月の恋人として、彼女として接したい。しかし、軽い女だと思われるのは死ぬことよりも辛い。
だからといってこのままだと後悔するのは目に見えている。
こんなもどかしい気持ちがグルグルと瑞紗の心が回っている。
「……はぁ」
瑞紗にとって暁月は大切で大好きな彼氏だった。いや、今でもそうあって欲しいと思っている。かけがえのない存在だからこそ、自分をよく見てほしいと思ってしまう。暁月と別れたことは何も間違いはなかったと思う──思いたい。
ただ、それで暁月が自分を見てくれるように努力してくれることを期待していた。
しかしもう別れてから数ヶ月。その期待は薄れている所か、せめて幼なじみとして最高の仲で終わりたいと願っている。
最初の頃は勿論、軽めのアプローチを引っ掛けたりもしていた。軽い女だと思われない程度に、幼なじみらしく顔を近づけてみたり、まだ好きですよアピールもこっそりしてきた。それでも暁月には気づいてもらえなかった。
だから、幼なじみとして、それでいいかと思っていた。
もし仮に、仮に、だ。
振った彼女と振られた元カレの関係で瑞紗が暁月に告白をした場合どうなるのか。答えは簡単。振られるか、承諾されるか、だ。暁月なら後者の可能性が高い。自分が暁月に今も好かれている自信があるわけではないが、暁月に直接自分が大切な人宣言されたのだ。暁月の言葉を信じている。
しかし、それが通用するのは暁月の中に瑞紗という対象しかいない場合だ。学校で見かける限りでは、女子生徒と深い関わりがあるようには見えなかった。そもそも、ずっと教室で本を読んでいたり、何か勉強をしているため自分と同じように友達が少ないとかも知れない。
しかし、それは軽率な考えだ。世の中には部活というものがある。
──暁月くんは、帰宅部だったっけ。
いやしかし、まだ甘い。スマホでネット間の恋人になることだって出来る世の中だ。暁月がそうじゃないとは言いきれない。
だが、
──そんなのどうやっても、探り用がないじゃん。
スマホを覗き見るなんてことは出来ないし、こっそり奪ってでもすればそれは重罪だ。
そんなことをする人を彼女にしたがる男が何処にいるだろうか。居たとしても、瑞紗はそんな女になりたくはない。
ならば、ずっとこのままだ。何も変わらない日常が続く。瑞紗としてはその日常をどうにかして変えたい。
授業の内容などそのまま聞き流して、必死にどうすべきかを思考する。
五分くらい頭を悩ませた結果、一先ずお見舞いに行ってから考える、ということになった。
後回しにすることの苦労は知っているつもりだが、どうしても答えが出なかった。
一時間目の数学の内容は一切覚えていない。
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