第11話 忙しい日曜日 1
暁月の朝は慌ただしい。それは昨日と比べると、かなり騒がしい。それも、
「暁月ー! 朝だよ! 起きてー!!」
脳に直接語りかけているような響く声に続けて、寝ていた暁月目掛けて飛び乗ってくる少女──咲が原因だ。
咲とは昨日初めて出会った仲にも関わらず、一日過ごしただけで懐かれてしまった(懐いているといっていいのかはわからないが)。
前まではまだ良い方だった。茜は起こしに来る時も常にトーンが同じなので、それほど気にはしていなかった。
だが、咲は違う。物理的に乗っかってくるし、割と脳に響くような声をしている。普通に話す分にはただ可愛らしい声だな、くらいにしか思わないが、大声を出されると少し変わってくる。
この気持ちを表現するとすれば、母親から起こされた感覚に似ているのかもしれない。自分で起きている人には分からないことかもしれないが。
「んー。おはよう咲、朝から元気だな」
とはいえ、茜のように対処するほど暁月は最低ではない。小さい子を
「何言ってるの? もうお昼よ?」
「……え! うそ!?」
「なんで嘘つく必要があるのよ……」
暁月は急いで時計を確認するとそれは、ぴったり正午を示していた。
昨日寝た時間は十二時といつもより早く寝たはずだ。と言うより疲れたお陰でぐっすりと眠れた。
いつもなら八時までには起きることが出来るはずなのだが、自分の体感以上に疲れていたのだろうか。
「ほんとだ。わざわざ起こしに来てくれてありがとうな」
「っ! 別に暁月の為じゃないわよ。疲れてるだろうからお昼まで寝かせておいてって
そうなのか。茜も案外気の利く妹なんだな、と感心しつつ、
──茜姉なんて呼ばせてるのか。すっかりお姉ちゃん気取りじゃないか。そうなんだけど。茜も妹が出来て嬉しいのかな。
暁月は茜の意外な一面を知った気がした。
でもそのお陰で、身体的疲労はなくなっている。精神的疲労も永久凍土のものを除けば、全て解消されている。
「そうなの? でも、起こしに来てくれてありがとう」
「別に、感謝されることはないけど。素直に受け取っておくわ」
咲の言動に少しの違和感を覚える。
昨日ののハリ、と言うのだろうかツンツンした感じが消えている。
「どうかしたのか、咲? 昨日と随分雰囲気が違うけど」
「えっ?」
「えっ?」
咲は驚いたように目を見開いて、素っ頓狂な声を上げた。その反応に、暁月までもが同調してしまう。
それから二人は暫くの間向かい合ったまま、時間だけが流れていく。
「あ! 暁月、これからあたしたちが借りてる部屋のレイアウトも兼ねて掃除するって茜姉が言ってたから、お昼食べたら手伝ってよね! じゃあね!! 」
早口でそう言うと、早足で出て行った。
なるほど、色々と持たされたしそれか。
残された暁月は、思ったことがあった。もしかすると、茜と同様に咲もよく分からなくなってしまうのでは、と。
──茜のあれは感染して欲しくないなぁ。……どうかなりませんように。
暁月は神に祈るように、手を握り合わせてお祈りをした。
着替えた暁月は、そのままリビングへと向かう。
テーブルには四人分の食器が置かれており、全てに美味しそうな食べ物が盛られている。
いつもなら、暁月の茜の二人で朝食の準備をするのだが、今日からは代わりにしてくれる二人がいるので暁月のするべきことは特にない。
暁月にとって家事をしなくて良くなったことは、かなり嬉しい。家事自体で疲れることは然う然うないが、手が不器用なため、どうしても時間がかかってしまう。その時間が小説を書くことに回せるというだけでとても重要だった。
学校から出る課題も同時進行で行う為、どうしても時間が足りなかった。
暁月は新しい同居人──一応、
「あ、おはよーおにーちゃん」
茜は今まで通り料理を作りながら、暁月に午後の予定を話した。
「今日はさっちゃんとちーちゃんの部屋片付けるから、おにーちゃんも手伝ってね」
予定、と言うより雑務だ。男手があった方が早く終わるだろうし、断る理由はない。だが、
「母さんと父さんに黙って片付けていいのか?」
現在、咲と智乃が使っている部屋は父と母の寝室だ。つまりは、タンスには服が若干入っている──その殆どがもう着なくなったものか着る頻度の低いもの──し、押し入れにも細々としたものが入っている。
中には大事なものもあるかもしれない。それが気がかりに感じた。
「大丈夫だよー。さっちゃんとちーちゃんをママたちの部屋に住まわせる許可とる時に承諾してもらったから」
「そうなのか。なら問題ないなー。って母さんたちに許可もらったの!?」
驚く暁月に茜は「うん」と短く答えた。暁月が驚いた理由は一つだけだ。暁月の両親は仕事で忙しいため連絡を取れることは滅多にない。急用の連絡なら一応繋がるだろうが、それ以外では電話は勿論、メールも返信が遅かったりする。
だから、茜が両親と連絡を取れたことは驚くべきことだった。
「なんか、おにーちゃんが気絶した時に電話したらたまたま出た」
たまたま。茜はそういうがかなりの幸運だそれは。平日よりも土日の方が忙しい両親に土曜の午前中から連絡を取れたのだから。
「へ、へぇー。それは凄いな」
暁月は茜の運の良さを驚異に感じる。
「はい、出来たよー。二人ともありがとー」
「お礼なんて要らないわ、あたしたちは住まわせてもらってるんだし。これくらいは当然よ」
咲はまさに無料で雇った優秀な家政婦だ。それもかなり仕事のできる者だ。
咲は家事における掃除・洗濯・料理などが暁月よりも格段と上だ。いや、暁月と比べるのが間違っているだろう。茜よりは当然下だが、練習をつき重ねれば茜レベルに到達してもおかしくはない。
まさに、暁月にとって神のような存在だ。
智乃の性格もある程度分かってきた。口数が少なく、本を読むこと以外に興味を持っていないように思えるが、朝食の手伝いをする様子を見ると咲と気持ちは同じなのだろう。
──新しい義妹なんだから、僕がしっかりしなきゃダメだよね。まぁ、茜がいれば問題ないと思うけど。
兄としては妹に負けた気がしないでもないが、事実暁月と茜では茜の方が家事と判断力は優秀だ。
悔しいが、家事能力を上げている暇はない。少しでも早く小説家にならなければならないのだから。
じゃないと──。
「じゃあ、いただきまーす」
「いただきまーす!」
「……いただきます」
「いただきます」
三人が先に食べ始めたのを見て、少し遅れて暁月も右手に箸を持つ。
そして、四人はバラバラに食べ始めた。
今日の昼食──暁月にとっては朝食になる──は、何故かインスタントラーメンだった。
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