第9話 デパート
まぁそんなこと理由から、五人──暁、茜、瑞紗、咲、智乃──は丁度正午を過ぎた当たりから家を出発し、新装オープンのデパートへ向かった。
一行は徒歩で向かっていた。自転車を使った方が効率的だが、咲と智乃には自転車がない。それに、徒歩でも行けないこともない。それでも、小学生程度の身長しかない少女が二人いるため時間はかかってしまう。
二人の少女──咲と智乃は未だ素性が明らかになっていない。というのも、名前と特徴。それと、これまでの経緯を咲からかなり簡単に説明してもらった。どうやら咲は説明が苦手らしく聞いている側もよく分からなくなる。だから、二人については特に知っていることはない。最初に──玄関先で見た時は、双子だと言われても違和感がないほど二人は似ているが苗字を聞くにそれはないと思う。
だがその当たりは、追追知っていけばいいと思っている。今すぐに聞き出す必要もない。
デパートに着いてからは、朝から何も食べていないせいもあるが、時間も時間なので何処か適当なレストランに行く予定だ。
家を出てからは、瑞紗と智乃、茜と咲がペアになって話をしている。会ってから間もないのにここまで打ち解けるのはお互いのコミュニケーション能力が高い証拠だろう。つまり、コミュニケーション能力のないといっても過言ではない暁は一人で一行の後をついて行っている。
暁の家からデパートまでの簡単な道のりを説明するとすると、まず暁の家が住宅街の中にあるため一度大通りへ出る必要がある。次に家を出てすぐの道路を道なりに右へ進んでいくと直ぐに大通りに出られる──そういう作りになっている──。
大通りに出るともちろん通行人が多いが、逸れることはない。大通り付近の建物と住宅街とを比べてみると二つの境界線から一変したように感じる。地元の暁ですらそう感じるのだがら地方から来た人ならば、住宅街ですらも、驚くのだろうか。そんなことを考えていると、さっきからの話し声が大きくなった気がした。
「暁くん。暁くん?」
「ん? なっ! なに、瑞紗?」
「そんなに驚かれると逆にこっちがびっくりするんだけど」
「あ、ごめん。それでなに?」
「これから、デパートに何しに行くか言ってなかったかなって思ったから」
話し声ではなく、瑞紗が暁を呼んでいたようだ。
こんな風に気を使ってくれるのが瑞紗のいい所の一つだ。それはあくまでも一つに過ぎない。もし、瑞紗のいい所を述べよと原稿用紙を渡されたら、二枚以上かける気がする。
まぁ流石にそんなことをすれば嫌われる自信があるのでしないが。
「さっき咲ちゃんたちと話したんだけど、住むならやっぱり私生活必需品が必要でしょ? だから、そを買いに行くのと──」
瑞紗は一拍置いて、
「──それに、一緒に買い物する約束だったでしょ?」
そう言うと彼女は直ぐに前にいる三人の所に戻っていった。
正直に言うと、かなりドキドキしている。好きな相手から、約束でしょ? なんて言われれば誰だってはにかんでしまう。もしそれが、相手の意識した行動でなかったとしても。
こんなにもドキドキするということは、やっぱり瑞紗が今もこんなに、もしかすると前よりも好きなのかもしれないと感じる。そう思う気持ちが大きいほど今も楽しく話せていることに対する歓びと、あの時渡せなかったことに対する後悔とが混ざり合った感情が膨らんでいく。
今は家を出てから徒歩十五分と言ったところか、目の前には巨大なデパートが建っている。周りの建物もかなりの高さだが、装飾や看板が目立っている所為か一際目立っていて一回り大きく見える。
あまりの出来栄えに感嘆していると、みるみる建物が大きくなっていく。
入口の方まで着くと、割と大きな自動ドアがこちらを迎えるように解放されていた。
今日は新装オープン一日目だから、解放しているのだろうか。などと考えていると、前を歩いていた四人の姿が見えなくなっていた。
「あれ?」
暁は周囲を見渡す。ここで、よそ見していた自分を自嘲する。もしかしたら、暁に気づかないままデパートの中に入ったのかもしれない。そう思った暁は自動ドアを抜けた。
ドアを潜り抜けた瞬間世界が変わったように見えた。太陽の陽射しに差されたたくさんの人や車のいる道路。どれがどれか区別のつかないビルが建ち並んでいる風景とは違い、一つ一つの店がしっかりとした綺麗な区切りがあるようだ。
どの店も魅力溢れる品揃えで、興味がないような物にも心惹かれるような気さえしている。そこはあんなにも人が多かったのに、やはり建物が大きいだけあって窮屈感は感じない。外からの紫外線がない分クーラーが効いていて寧ろ快適だった。
一つ一つじっくりと見て回りたい。そんな欲が出てくる。
デパートは全階層含めると、五十店舗以上がある。飲食店からカラオケ、ゲームセンターだってある。ここさえこれば、殆どの娯楽は楽しめるくらいのボリュームだ。アニメイトとかもあるかな、などと普段より興奮している暁は目的を思い出す。
「どこに行ったんだ、みんな」
見える範囲で探してみるが、どこにも見当たらない。どこ行ったんだろうか、少し不安がっていると太ももがブーと震えた。
そこで、暁は自分の愚かさを恥じた。
「……スマホがあるじゃん」
スマホをポケットから取りだし、通知を確認する。茜から『どこ?』というメールだった。暁は『入口にいるよ』と返信して、その場で待つことにした。
待つこと約三分。時間的には短いとしても、さっきまで近くにいたにしては長い時間だ。暁は苛立ちを覚えつつあったが、それは抹消された。
「暁くん、ごめんね。ちょっとトイレ探してたんだ」
「全然大丈夫だよ瑞紗! トイレなら仕方ないよ! 仕方ない仕方ない」
瑞紗が可愛いからだ。可愛ければなんでも許されるというのは本当なのかもしれない。
そんな暁を茜は引いた目で見ていた。その目には慣れているので特に気にしない。
しかし、実の妹からそんな目で見られる兄の気持ちも少しは知って欲しいという気持ちはある。
「……おにーちゃん、お腹空いた。ご飯早く食べに行こ」
相変わらずだなと思いつつ、暁もそれは同じだったので同意する。
「はいはい。なにか食べたいものとかある?」
「……にく」
「焼肉が食べてみたいわ」
「なんでも」
「みんなに任せるよ」
やっぱり年齢層に関わらず肉はみんなが好きなものなのか?
そんな疑問は捨てつつ、仕方ないかとため息をつく。
「じゃあ、焼肉食べに行くか……お昼だけど」
咲はやったー! とはしゃいでいる。無邪気だなと思いつつ暁は横目で瑞紗のことを見る。もしかしたら、匂いがつくのが嫌だと言われる可能性があったからだ。
しかし、それはないかもしれないと判断する。理由は、瑞紗が嬉しそうに笑っていたからだ。
それから皆で焼肉を食べた後は、適当に買い物をして帰ってきた。途中本屋があったので立ち寄りたいと思ったがまた次の機会でいいやと諦めた。
荷物持ちとしてかなりの大荷物を持たされたが、それで瑞紗が喜んでくれたのなら褒美としては十分だろう。
家に着いてからは、瑞紗も一緒に夕飯を食べた。食卓には瑞紗の作った料理も置かれていて、ご飯がススんだ。それから、暫く寛いだ後に瑞紗は隣の自宅に帰り、残った暁たちはそれぞれ好きなことに没入している。
意外と咲と智乃の気が緩まっているようで微笑ましく思う。最初は多少の警戒心があっただろうが、それも今では薄れていると思う。
二人は現在、茜が風呂に入れている。よって、リビングには暁しかいない。
しかし、女とはいえ小学生位の少女に疚しい気持ちを抱くことはないが、家に男一人と女三人は少しだけ肩身が狭い。
「本人は大丈夫って言ってるけど、ほんとにこのまま匿っていいのか?」
暁が心配しているのは、咲と智乃、二人の家族のことだ。もし、探しているのなら警察にいかなければ暁が誘拐犯になってしまう。そうすれば本当にとんでもない事になるだろう。
ならば、やはり警察に──。
その時、急に眠気がさした。それもまるで睡眠薬を飲まされたような抗えない眠気だ。
暁はソファーに倒れるように眠りについた。
目を開けるとそこには、一人の男がいた。
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