第4話 決心
佐藤 暁は、毎晩寝る前に必ず小説を書いている。小説を書いているとは言っても小説家になったわけじゃない。ある小説投稿サイトに毎晩投稿するだけだ。
一から自分で小説を書き、改稿し、投稿する。そんな人は数多くいる。小説家になりたいと思ってる人も趣味で書いているだけの人も自分のペースで書いている。
中には、圧倒的人気を博して書籍化出来た作品が多くあるが、暁の小説はそれほど人気ではない。
寧ろ、中々人気も出ないので自分でもこれが面白いのだろうか、と思ってしまうほどだった。
レビューで“ 誤字脱字”や“ 物語の違和感”を指摘される度に、暁の
「はぁ、こんなんでラノベ作家になれるかな」
暁は、もう高校二年生だ。優れた才能を持った人間なら、若いうちからどんどんデビューしているはずだ。なのに、暁はデビュー所か面白いと思われるような物語すら書けていない。そんな自分に嫌気が差し、溜息を漏らす。
そのことは、他人から見れば幾らでも挑戦すればいいと思うんだろうが、暁はそう思えなかった。
なぜなら、才能をもっていない者がデビューした所で書き続けられる筈がないからだ。小説家はデビューすれば終わりではない。そこからが始まりなのだ。デビュー作と同等若しくはそれ以上の物語を考える必要がある。
もしかすれば、努力で上り詰めた人もいる。しかし、そんな人は極小数だ。暁は、それが出来るほど努力家ではない。
暁が小説家になりたいと思ったのは、最近のことではない。
中学の同級生から試しに読んでみるか、と言われ試しに読んだことがきっかけだ。ただそれはあくまでライトノベルというジャンルの本が面白いと感じただけで、読みたいとは思うが書きたいとは思わなかった。
では、そんな暁がいつから小説を書き始めたのか?
それは、約一年前の出来事に遡る。
•*¨*•.¸¸☆*・゚
「私と別れてください!」
平凡な男──佐藤 暁は、たった今彼女に振られた。確かに平凡ではあるが、程々に恋愛も良好だった。しかし、その恋愛が今終わろうとしていた。
暁は一体何を言われたのかと、頭の整理が追いつかず、つい惚けていた。
そして、会話中の相手から更に追い討ちをかけられることによってやっと意識が戻る。
「私、暁くんとはもうやっていけないと思うの。だけど、これで関係を切るとかそういうのは嫌だから、友達に戻ろう?」
彼女──
しかし、瑞紗はこの関係を
今日は瑞紗から二人で話したいことがあると言われて胸をワクワクさせていた。だが、そのワクワクが今では絶望に変わっている。
「そっか、わかった」
瑞紗は何故か悲しい瞳を灯していた。
「どうしてか、聞かないの?」
そして、瑞紗は怪訝そうに呟いた。
「だって、瑞紗がそう決めたことだから。僕が反論する余地はないよ」
「……そう」
瑞紗はそう言うと、暁に笑いかけた。
「私は、暁くんとは昔からの付き合いだから性格もほとんど理解しているつもりだった。けど、それは少し違ったみたい。確かに優しい人だってのは分かるの。でも、あまりにも優しすぎるのよ」
「それって──」
「──私は優しい暁くんが好き。だから、最初はデートでも気を遣ってくれるし、具合が悪い時とかは心配もしてくれるからずっと恋人で居たいと思った」
「ならどうして──」
「──こういうことを言ったら、束縛女っぽく思われそうで今まで黙っていたけど、言わせてもらうよ。暁くん、貴方の優しさを私にだけ頂戴とは言わない。でも、彼女の私には、私だけの特別な優しさが欲しかった!」
暁の言葉を二回も遮り、瑞紗はこれまで胸の内に隠してきたことを打ち明けた。瑞紗は暁からみても分かるくらい、泣きたいのを我慢していた。
暁は驚きで目を見張った。それは、自覚していなかったことの証明でもあった。
「本当は今でも暁くんのことが好き。だけど、皆に平等に優しい暁くんのことは嫌い。私は、暁にとってかけがえのない恋人じゃなかった?」
瑞紗は嗚咽を漏らしながら、暁の返事を待っていた。
──もしかしたら、別れたくないって言ってくれるんじゃないか。
──もしかしたら、これからは直して向き合ってくれるんじゃないか。
そんな淡い期待を。
ても、瑞紗は知っていた。暁がそんな人間ではないと。優しい人間であることを否定はしない。裏表もなく、接してくれる人だって知っている。
そして、その優しさが相手を傷付けていることに気付いていないことも。
「瑞紗は僕にとってかけがえのない存在だ。でも、僕は知らない内に瑞紗を傷付けた。そして、打ち明けられるまで気付くことさえ出来なかった。僕には瑞紗を幸せにする権利はない。受け入れるよ」
プツン。瑞紗の中で期待の糸が切れた。
「そう、だね。じゃあ、明日から私たちはただの友達。またね、暁くん」
瑞紗は逃げるようにその場を立ち去った。
残された暁は、悲しみと後悔。そして、苛立ちが混じったオーラを漂わせていた。
この苛立ちは暁自信に対してである。
──もし、自分の全てを打ち明けられていれば。
──もし、優しい人間を演じてなど居なければ。
きっと違った結末になったのかもしれない。しかし、時間を巻き戻すことは出来ない。一度過ぎてしまったこと、一度したことはもう二度と変えることはできない。それでも、諦めきれなかった。
瑞紗は初恋の人で、今まで本気で愛していた。これは紛れもなく本心だ。決して嘘なんかじゃない。だからこそ、本音を言えないでいた。
もし、全て話してしまったら終わってしまう気がしたから。だが、話さずとも終わった。本当の自分を隠したまま、初恋の相手は居なくなってしまった。
いやだ。
そんなのは絶対にいやだ。
暁にとって、瑞紗は運命の人とも呼べる存在だ。でも、暁は自分が不器用なことを知っている。
今までも頭では分かっているのに、いざ行動するとどうしてもズレてしまう。だから、どうやって想いを伝えるか。
答えは案外直ぐに出た。脳裏に大好きな作家の大好きな作品が浮かんだ。
それは、よく読んでいた小説だった。自分の口では言えないことでも、物語を通してなら伝えられると思った。暁は小説なんか書いたこともなかったが、彼女の為なら書ける気がしていた。
そうして、高校一年の冬。約九ヶ月付き合っていた幼馴染と別れた佐藤 暁は小説家になることを決心した。
幼馴染に本当の自分を知ってもらうために。
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