第3話 過去の栄光

「……行きましたね」

「そうだな。」

「大丈夫でしょうか?」

「何がだ?」


「…………」

「あぁ分かってるさ、言われずとも……分かってるさ」

「ならどうして、禁止事項なんてを彼女たちに教えたんですか?」

「オレはな、自分でも分からなかったんだ」


「……?」

「どうして、人間を作ったのか、をだ」

「それは、──」


「確かに当時のオレは、寂しかった。統一神なんてよく分からん神になって、ろくに神の力が使えた訳でもないから、神々の中では肩身が狭かった。今じゃ信じられないだろ? でも、気付いたんだよ。どうして自分が統一神なんていう神になったのかを。きっとかつての荒れ狂った神の世界を正すためにオレが居たんだよな。それに気づくのが遅かったせいで、こんな有様なんだがな……」


「カムイ様が気に病む事ではありませんよ。カムイ様が居なければ、今頃全てが“無”になっていたでしょうから」


「そうだな、確かに俺が気に病む意味も必要もない。でも思うんだよ。たまたまオレがあの世界が嫌だと考えていただけで、もしかするとあのまま事が進むのを待つ方が良かったんじゃないかってな」


「そんなことはありません! カムイ様はを心から愛してくださいました! 生きる希望を失った私に希望を与えてくれました」


「オレが人間を創った。それはお前に生命を与えると同時にお前の希望を奪った張本人でもあるということだ。寂しいからという理由で、感情ある人間を生み出し、不幸にしていった」


「……私は生まれてきたことに後悔していました。生まれてすぐ両親を失い、そのまま孤児院へと連れられて、毎日が悲鳴と罵声が飛び交う中、恐怖と共に生活する。耳を塞いでも助けを呼ぶ悲鳴が心にまで聴こえてきて、何度も死にたいと思いました。勉強をしなければ罰。成績が悪ければ罰。好き嫌いをすれば罰。食べ残したら罰。言うことを聞かなければ罰。言うことがちゃんと出来なければ罰。決まった時間に寝なければ罰。また、起きなければ罰。毎日が地獄の日々でした。これが十年間ともなれば、嫌でも慣れてきました。叱られることもなくなり、もうすぐで働ける年齢だと知った私の心は踊るように鼓動を打っていました。これからは、自分で生きられることに喜びを感じられました。しかし、そんなことは幻想でしかありませんでした。18を過ぎてからの労働とも言えない労働は、これまでのどんな罰よりも酷いものでした。人を玩具だと思って弄ぶんですから。こんな人生を送らせた神を一度でいいから同じ気持ちにしてやりたいと思いました。どうしてこんな不公平な世界を創ったのか、今では思うところがないと言えば嘘になりますが、気にしていません。だって──」


「──おかげで、カムイ様と出会うことができましたから」


「……オレは、いや、わたしは、お前をみかけた時に初めて自分の過ちに気が付いた。自分の感情を優先して、創られた側の気持ちを考えていなかった。その所為で多くの人間が苦しみ息絶えて行った」


「カムイ様は出来る限り尽くしてくださいました。あの狂った創造神を殺して、人間に平和を与えてくださいました。それだけでも、有難いことです。カムイ様が人間を創らなければ、私はこの場にいませんでした。それに、これまでの出来事はカムイ様に会うための試練だったと思えば、安いものです」


「試練にしては、辛すぎるな」

「はい、とても辛かったです。でも、それももう過去のことです。時代は変わりました。カムイ様のお陰で人間の世界には平和がもたらされました。私はに出逢えたこと、そして、共に傍に居ることを許してくれたことを感謝しています……!」

「そうか、お前がそういうのならそうなのだろう」

「そうです。だからもう……一人ではありませんよ」


「…………っ! そうか。そうか……! ありがとう不知火しらぬい。感謝をすべきなのは、わたしの方だ」

「いえ、貴方の悩みは全て私が受け止めますから。それで、彼女たちには一体何をさせるつもりなのですか? カムイ様」


「別に、何かをさせたいとは思っている訳では無い。ただ、あいつらならきっと狂った神とは違う生き方を見つけられるかもしれない。それは、世界の平和に繋がる気がするんだ。そうなるともしかしたら、帰らないかもしれないな」

「つまり、彼女たちを人間のまま生かせる、という事ですか?」


「いや、いや違うさ。そんなことはしないさ。しなくとも、あいつらがそう在ることを望むかもしれないとそう言っているんだ」

「……彼女たちのことはよく知っています。きっと、戻ってくると思いますよ?」

「ほぅ? ならひとつ掛けをしないか? あの双子が帰ってくるかどうかを。どうせこのまま待っていても仕方ないんだ」

「いいですね、面白い提案です。乗りました」

「よし、なら、今日は新たな神の世界と人間の世界の誕生を記念して、一杯いくか!」

「本当なら、『真昼間っからそんなことするな!』と言いたいところですが、私も少し飲みたい気分です」

「よし、決まりだな」

「えぇ、貴方」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る