第60話:七年越し
「運転手さんたちに聞いたんだよ。トラックもバスも。大型車に乗ってる人は、お互いに知り合いが多いからね。でも誰も、そんなトラックは知らないって言うんだ」
環の遺体を目の前に置かれたトラック。探していたのはそれだと石車は言った。
「ナンバーとか会社名とか、ちゃんと覚えてればどうにかなったんだろうけどね。うっかりしていたよ」
銀色のコンテナに、紺色でちょっとしたイラストが入っていた。
言葉にすればそれだけの特徴など、日本全国に何台あるのか見当もつかない。見つけたところで、何か見ているとは限らない。
雲を掴むようなそんな当てを石車は待ち続け、遂に見つけた。
「勝算はあったんだよ。自衛隊に出入りするんだから、一回限りってことはないからね。まさか七年も待つとは計算違いだったけど、まあ結果オーライだね」
急に思い出した素振りで「ああ、そうだ」と。石車はポケットから何かを取り出す。
個別包装のされた菓子らしい。出した手に、ざらっと三つ載せられた。
「これ、お土産」
「雪の恋人じゃないか」
「箱で買ったんだけどね。お腹が空いちゃって、残りはそれだけなんだよ」
定番中のド定番。北海道のお土産と言えばまずこれだろうという、有名な菓子。東京でも買えなくはないが、そんなややこしいことをこの男がすまい。
「――雪まつりは冬だぞ」
「えっ、そうなの? 見てくれば良かったって後悔してたんだけど、ならいいね」
ちらちら横目で見ても、石車はずっと前を向いたままだ。もう装う必要はないだろうに、寝ぼけたような顔でいる。今のセリフも、冗談か本気か分からない。
「札幌に何がある」
「自衛隊の服って、刑務所で作ってるんだよ。全部じゃないけどね」
長らくの癖が抜けないらしい。石車の話は、あちこちへよく飛ぶ。苛とする気持ちはハンドルをきつく握るだけに留め、「で?」と時間の短縮を図る。
「札幌で検品をして、そのまま各地へ送るんだってさ」
「で?」
「冷たいねえ。面倒な話かい?」
「早く続きを聞きたいだけだ」
言ってしまって、気色の悪いセリフだったと震える。気づかぬふりで、二つ咳払いをした。
「それは話し甲斐があるねえ。官給品がいつ補充されるか知ってる?」
「知らん」
「形無くんは、何も知らないんだねえ」
「それは知ってる」
自身も聞きかじっただけのくせに、石車は勝ち誇った風に言う。これまで酒とつまみを与えてやっている、という態度だったことへの意趣返しだろうか。
「奇数の年だよ。一年ごと。三年、五年、七年、十年、十三年、十五年。耐用年数で、配備される期間が違うんだって」
「七年に一度しか運ばれない物がある。そういうことか」
「らしいよ。それが何かまでは教えてくれなかったけど」
十年だけは奇数でない。が、それは些細なことだ。
七年前の七月二十五日の深夜。札幌から官給品を積んだトラックが、薄納基地前に到着する。
遠方から来れば時間の微調整が難しく、納品場所の近くで休憩するのはよくある光景だ。実際に基地前の道路は、休憩場所として常態化している。
そのトラックの前に環は放置され、石車が目撃した。見ていなければ知りようのない事実を、この男は隠し続けた。
「でもそれなら、当日のリストにその業者名はあったはずだ。警察が見逃すはずがない」
「だから何度も言ってるだろう? 人の言うことを信じちゃ駄目なんだよ」
「宝田さんが俺に嘘を?」
そんなことはしない、とは言いきれない。環の父親が大切なのは、環に関する真実だけだ。形無は利用されているだけなのだから。
「親方日の丸ってことじゃないかな」
また随分と古めかしい言葉が出てきた。死語というより、古語に近い印象さえある。
「聞いたんだと思うよ、その会社にね。でも事務とかの人に電話ででしょ。『誰か心当たりある?』って聞かれても、僕なら面倒だから知らないって答えるね」
はかな市や埼玉県では大事件でも、北海道では全国ニュースで数秒も流れたかどうか。重要度を考えても温度差があったろう。
それに警察が問い合わせれば、必ず相手は緻密に調べあげて回答する。そう思い込んでいるのが間違いだと石車は言った。
「今回来てたのは、七年前の人じゃなかった。でも親切な人で、札幌まで乗せてくれたよ。途中、お昼までごちそうになっちゃった」
「こっそり乗ったって言ったじゃないか。引き返せないところまで行って話しかけたんだろ」
おそらく石車は、アワワ商店街の入り口でトラックを見つけたのだ。さっそく話しかけたが、違う人物だった。
では札幌の会社へ連れていけと言って、断られるのを警戒したのだろう。薄納基地へ行くのは知っているから、待ち伏せた。
おおかたそんなところだ。指摘すると、にんまり。口角が大きく上がる。
「えへへ、分かる?」
「お前のやり方は突飛だけど単純なんだよ」
「そうかあ、えへへ」
「褒めてねえ」
この男の性質を表現するのに、純粋とは言いたくない。似たどの言葉も、やはり褒め言葉になってしまう。
――素直なんだろうな。馬鹿が百個も付くくらい。
一万歩譲って、そういう評価にしておいた。
「いや、おい。ちょっと待てよ」
「何?」
「昨日の朝トラックで札幌に行った奴が、何で今ここに居られる?」
はかな市から札幌まで、千キロ以上あるはずだ。それをどれくらいで走るのか。いかにプロの長距離ドライバーでも、半日以上が必要に違いない。
であればまだ、帰り道の半ばがいいところではないか。
「船場って人は凄いね」
「船場? 凄いったって、出来ることと出来ないことがあるだろ」
「自家用ジェットって、乗ったことある?」
「……凄いな」
――時間がない、か。
そんな物まで使わせて、何の時間が迫っているか。形無にはまだ分からない。
「それでそろそろ、本題を聞かしてもらえるのか?」
「ええ? 僕はずっと、本題しか話していないよ」
「そいつは悪かった。結局、犯人が誰なのかだよ。分かったんだろ?」
分かったからこそ、明確にどこかを目指して案内が出来る。そう考えたことに、石車は頷いて答えた。
思えば形無に対して、素直な意思表示をしたのは初めてではないか。
「七年前に来てた運転手さんがね、メモを残してたよ。当て逃げなんかされたときの為に、書いてるんだってさ」
「で?」
「逃げた車のナンバーが分かった。船場さんに言ったら、誰のか分かるってさ」
ごくり。大粒の水滴が流れる音が何かと思えば、自分の喉だった。
誰の物かも知らぬ車の状況を、形無は報告し続けた。それは一台や二台でなく、決まった場所に必ずあるわけでもない。
さらにそんなことをしている情報屋が、船場の傘下には大勢居る。構築された情報は、かなりの精度と窺えた。
「持ち主は誰だ。そいつが環を殺したのか」
「それはね――」
求め続けた情報が、ようやく得られる。いざその時に、石車の声は掻き消された。車外スピーカーによる、大音声に依って。
「そこの白い軽トラ、止まれ!」
関越自動車道の所沢インターチェンジに入る寸前。ミラーで後ろを見れば、赤いワゴンRが迫っていた。
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