第44話:新しき友

『形無。お前、何をやらかしたんだ』


 電話の相手は友野だ。出るなり重々しく、罪の存在を示唆する。

 思い当たる節は、いくつかあった。まずパスポートの件。それ以外にも船場の悪事は数えきれまい。どんなことにどう関わったのか、形無も知らぬことだが。


 ――それともまさか。


 そして何より、青二だ。商店街で別れてから数時間。たったそれだけの間に、首を絞められて無残な姿となったのが目に浮かぶ。

 環は女で、青二は男だ。一人で飲み屋帰りでもなく、違うと分かっていても振り払えない。


「……何を、って」


 電話のある前から、青二とその家族のことで頭がいっぱいになっていた。冷静を装おうと考えることも出来ず、ひと言と半分の返事さえ辿々しくなる。


『おいおい冗談だ、本気にするなよ』

「あ、ああ。そうか」


 あははっ、と。厭味のない笑いが聞こえた。友野はそれほど冗談を言うタイプでないが、この手の後を引かない類は偶にある。

 愛すべき友人に罪はない。しかしタイミングが悪すぎた。


『何だか変だな。本当に何かあったのか?』


 友野は咳ばらいを一つ。もうジョークの時間は終わりと区切りを付け、改めて問う。けれど形無も三度目の発声にして、建前を言えた。


「ないって。普段、冗談を言わない奴がたまにやると、こっちも真に受けるんだよ。何かあったか考えちまった。で、そんなのを思い付いてわざわざ電話してきたのか?」

『そんなわけないだろ。というか、やらかしたっぽいのは本当なんだけどな』

「どっちなんだよ」


 まだ不審を拭いきれぬ様子で、友野の口調は探る風だった。しかしいつまでもは拘らず、つい先ほどルーエンから連絡があったのだと答える。

 彼女はたしか、既に今日となった日曜日まで、友人のところへ行っているはずだ。迎えの相談にしては、時刻がおかしいけれども。


『形無は酷いって怒ってたぞ。何かしたんだろ』

「してねえよ。いや怒ってるってしか聞いてないのか? 中身を聞いてくれよ」


 ハグをねだったのを思い出したが、あれは当人も喜んでやってくれたはずだ。あえて口にする利もなく、なかったことにする。


『実はそうなんだ。用件は別にあって、最初にちょっと言っただけでさ』

「用件て、俺に?」

『お前にというか。青二くんて、もう親御さんのところへ帰ったのか?』


 やはりはっきりしない友野から、聞き逃せない名が提示された。

 なぜ青二のことを、今聞くのか。今度は勘違いでなさそうな胸騒ぎを、必死に抑える。


「帰ってはないけど、どうした?」

『何だかな、駅裏でもめてたみたいなんだよ』

「はかな市駅の?」

『そうそう。友達と飲みに行って、帰りがけに見たんだと。大人と口論になってて止めようとしたけど、父さんとか母さんとか言っててやめたってな』


 はかな市駅の北側。駅裏には照和しょうわから取り残されている風の飲み屋が多い。お世辞にも小綺麗とは言えず、高校生の息子と節目の会食をするような場所ではない。


「いや実は、あいつの親が長く海外に行くみたいでな。しばらく会えないから飯を食いに行ってるんだよ」

『へえ、それでお前が預かってるわけだ。高三で大変な時期なのに、親御さんもご苦労だな』


 そんな席でケンカになるとはかわいそうにと、友野は親と子の両方を思い遣る。

 ろくでもない話になっているのが予想できる形無としては、「まあな」などと受け流した返答しか出来なかった。


「じゃあ僭越ながら、仲裁と迎えに行ってくるわ」

『お前もご苦労さん』


 ルーエンが目撃したという場所を聞き、電話を切ろうとした。もちろん知らせてくれたことに、礼を言ってからだ。

 ガラホを耳から離そうとしたとき。「ああそうだ」と、友野は言葉を継いだ。


「どうした?」

『形無。僕はこれといって能のない奴だけど、出来ることがあれば言ってくれよ』


 何ごとかあると察したのだろう。はっきりどうこうと言わず、友野は気遣ってくれる。


 ――百五十万の材料でテーブルを作れる奴が、何言ってんだ。

 正直なところ、苦笑する思いだった。ただ、心強く感じたのも間違いない。


「お前とは、六年くらいだっけな。助けてもらってばかりだよ」

『それならいいんだけど』


 本当のことを言わぬまま、電話を切った。友野の気持ちに感じ入る間もなく、軽トラの鍵を引っ掴む。

 玄関の戸を開けると、湿気を含んだ風が気持ち悪い。怪談でもすれば良いような雰囲気だ。

 ふっとそんなことを考えて、家を取り巻く林に何者か見えた気がした。いや全く不思議はなく、シカか何かだろうが。


「待ってろよ青二」


 呟いて、軽トラのアクセルを吹かす。電動ノコギリにも似たヒステリックな爆音を轟かせ、境山丘陵の一角を駆け下りる。

 ゆったりとうねる峠道。砂や落ち葉の浮いた場所まで、目を閉じていても分かる。

 快調に飛ばし、いつもなら五分かかる麓まで、一分ほどだった。ここからはセンターラインもある、広い道だ。信号にかからぬよう進めば、ますますペースを上げられる。


「危ねえ!」


 さあ今だと、踏み込もうとした足を止めた。ハンドルを僅か右へ回し、ブレーキを踏み抜かんばかりに。

 進む目前。ヘッドライトへ照らされた中に、迫ってくる人影があった。

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