第33話:桜を切ったのは
「この近くで輸入家具っていうと――」
老人はこの問いに、形無のよく知る企業名を答えた。引っ越しや不用品の引き取りをしていて、建具や家具の注文も請ける。その中で外国との取り引きも独自に行う、小さな会社。
たった今この場に並べている古道具たちの多くが、その会社から安く譲ってもらった物だ。
「でもあそこは、注文販売がほとんどでしょ? 一見で店に行ったって何も」
「客じゃあない、店員としてや。そんとき名札も見たし間違いないで」
「店員。働いてた?」
この上ないほど分かりやすく、明確な話だ。疑いを挟む余地があるとすれば、聞いた内容が嘘というくらい。
しかしそんなことをしても、老人には損も得もない。
「そうや、普通に応対してはったで。何やこの二人、知っとんのかいな」
「はい。いえ、店のほうをですよ。親父からの付き合いなんで」
大工だった父と取り引きがあって、葬式にも来てくれた。古道具屋をやると決めたときには、ゴミだと言って商品を譲ってくれた。
そんな会社の出している店舗で、浅井夫妻が働いていた。という話の中身は分かるのに、どうにも受け入れる準備がなかった。
「そやったんか。儂は付き合いなかったけど、今回たまたまや」
「ええとつまり、シップスエージェントサービスの傘下に入ったってことになるんですかね」
「そういうことやろなあ。研修でグループ企業を回るとか、ようある話やさかい」
でもなければ週や一日単位で、働く者を動かせまい。少し呆れた風にしながらも、老人は当然と頷いた。
「経営が変わったなんて、聞いてないんですが」
「そらお前、変わってないんやろ。頭から尻まで丸ごと飲み込むんが、船場の常套手段や」
会社の中身は変わらず、持ち主だけが船場に挿げ替わる。その他は取り引きに使う口座番号も同じ。それなら現場レベルでは、関わる何ごともない。
老人の言う通り、船場が乗っ取るときはいつもそうだ。
「何や、まあまあ雰囲気のええとこやったけど。今後のお付き合いは、様子を見ながらやなあ」
「SESグループは駄目ですか」
「ええ評判は、あんまり聞きひんやろ?」
世間的に不法な商品のことは知られていない。強引なやり口と見られているだけで、それさえ大胆で革新的と言う人もある。
けれど老人は具体的なことを知らずとも、避けると言った。年の功というものだろうか。
「おっと、長居してもうた。オカンにシバかれてまうわ」
「お大事に」
かれこれ二十分以上も話したろう。老人は怯える顔を作って椅子を立った。運営の手伝いはともかく、余計な油を売っていては言いわけできないと。形無も見知っているが、きっとそんなことでは怒らない。色々な意味で、ゆったりどっしりした奥方だ。
「その会社がどうかしたの?」
老人が去ってすぐ、青二は問うた。形無の微妙な反応に気付いていたらしい。
「いやまあ、親切にしてもらってるとこだから。船場の手に落ちたかって思うとな。こいつらも、そこから売ってもらったんだよ」
大小合わせて、およそ四十品。並べるのを青二も大いに手伝ってくれた。
そのうち半分以上が、中華風の家具や小物だ。金額で言えば、値札通りに全て売れると五十万円を超える。
「へえ。あの人の手の届かないとこなんて、本当になさそうだね」
いつか言ったことを、少年は実感として得たようだ。商品に罪はないが、大物の茶棚を薄気味悪げに見る。
「え……この家具が、船場の手元から出たってこと?」
「そうらしいが、どうした」
数拍。眺めていた青二が、息を呑んだ。目を細めていたのに加え、歳に似合わない深い皺が眉間に刻まれる。
どうしたと聞いたものの、形無もすぐに察した。
「あの榧材の持ち主は、船場だったってことか」
「そうなるよね」
背中と脇の下に、寒気が走り抜ける。
「ばれたらまずい?」
「いやそんなことはない、と思うんだが。どうかな」
答えながらも、不安が増す。
法的には問題がない。言いわけでも何でもなく、あの密輸品を青二が見つけたのは偶然だ。
警察からの手配資料には載っていなかったし、石車や友野からもそんな話は出てこない。
「今の段階で何も言ってこないんだから、船場も諦めてるんだとは思う。俺のところへ来たのは、手違いだろうからな」
「それってつまり、形無さんが売っぱらったのは知ってることにならない?」
「そりゃ知ってるさ。百五十万の材料を使ったテーブルなんて、金持ちの自慢話にならないわけがない」
落とし主が誰であれ、第三者の形無からさらに友野へと渡ってしまっている。文句の付けようがないと安心しきっていた。
だが船場だけは、相手が悪い。知らずに告げ口した外国人のことだけで、一日間の強制労働を言いつけられた。今度は何をさせられるやら、だ。
「何か言われる前に、こっちから謝っとく?」
桜の木を切ったのは誰か、と。正直に申し出れば、許されるばかりか褒められる。そんな出来事は、子ども向けの訓話でしか起こらない。
「ワシントンになるのか? いやここは真っ当な大人として、しらを切る」
「それ、真っ当なの?」
「社会の仕組みとしてはな」
健全な高校生に、模範として甚だ相応しくない。けれども現実の難しさを教えるのも、大切なことだ。
それから午後いっぱいを、愚にもつかぬ現実逃避をして過ごす羽目になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます