第28話:飛ばし屋

「そりゃあ知ってる。この街に住んでて、シップスエージェントサービスを知らないほうがおかしい」


 しらばっくれた。見え透いていようとも、ウェブサイトを見れば分かる程度のことしか知らないと。

 どうして船場の名を口に出したのか、理由が分かれば判断は変わるかもだ。でなければ、認めたときのリスクが測れない。


 ――ていうか、こいつに主導権を握られてたまるか。


「そうかあ。まあそこは、どうでもいいんだけどね」


 ならば、なぜ聞いたのか。一瞬で沸いた苛立ちを、それほどのことでないと自身に言って聞かせる。本当にそうだ、石車に整然とした喋りを求めるほうがおかしい。

 癇に障った原因を、思い浮かべないようにする。この男には、他人の考えも透かして見る能力でもあるのでは。などと荒唐無稽な妄想も、同じ理由だろう。

 今、船場というキーワードは聞きたくなかった。デミオにはまだ、集めて回った数十冊のパスポートが載ったままなのだから。


「はかな市にねえ、飛ばし屋っていうのが居るそうなんだよ」

「飛ばし屋?」


 オウム返しに問うたのは青二。どうも矛先が違うと、形無は魂の温度を下げた。


「盗品なんかを無関係の奴が手に入れて、それをまた何も知らない別の奴が買う。すると最後に買った奴は、後で盗品と分かっても返す必要がない」

「ああ、密輸のときの話」


 聡い少年の理解に、頷く。名目が何であろうと、同じことだ。


「そうそう。その転売役を専門にやるのが飛ばし屋だな」

「専門にやってる時点で、無関係じゃなくない?」

「法に触れる物だと知らなかったって証拠を用意しとくんだよ。まあ普通は、さらに別の古物屋をかます。チェーン店だと査定を素人がやるからな、チェックミスがあってもおかしくない」


 へえ、なるほど。と青二は感心して見せた。同時に「よく知ってるね」とも。


「古物商をやるには、知らないじゃすまないんだ。うっかりは誰でもあるが、チェックする気がないと判断されたら許可証を取り上げられる」

「うっかりは見逃してくれるんだ? それで形無さんが続けられる理由が分かったよ」

「どういう意味だ?」


 少年は「さあ?」としか答えなかった。ニヤニヤ笑っているのを見れば、だいたい分かるけれども。

 今日、一日ずっと彼の道案内に頼りきりだったことを言っているのだ。


「密輸ってなに?」


 蚊帳の外になっても、石車はにこにこと幸せそうに笑い続ける。何がそれほど楽しいのか、どうして笑っていられるのか。

 まるで理解できない。


「何でもない、一般論だ。それで飛ばし屋がどうした」

「ええとね、船場って人は中古屋さんを持ってるでしょ? 怪しいんだってさ」

「怪しいって、誰に言われたんだそんなこと」

「宝田さんだよ」


 盗品の関連なら刑事課でも三係。宝田の所属とは異なる。だが広域に縄張りと影響を持つ窃盗団などであれば、話は違うのかもしれない。

 しかし不審に思うべきは、そこでなかった。


「何でお前が宝田さんと話すんだよ」

「あれ、話しちゃいけなかった?」

「そうじゃない。宝田さんが話したがらないって言ってるんだ」


 だから石車に、酒や食い物を渡す習慣が出来てしまった。最初は必要に迫られて。それからは腐れ縁と、やはり情報屋としての必要に依って。


「えへへ、正解。直接聞いたんじゃないよ」

「だから誰だよ」

「僕にも形無くん以外に、友達は居るんだよ。こんな格好なりをしてるからこそ、仲良くしてくれる仲間たちなんだ」


 ずっとしゃがんでいて膝が痛くなったのか、石車はおもむろに立ち上がって屈伸をした。そうしておしゃれを見せびらかすように、トレンチコートの端を持って、ひらひらと揺らす。


「へえ――」


 はかな市駅の周辺や、アワワ商店街の裏手に潜むホームレスたち。さいたま市や東京方面によく出勤・・するので、人数は流動的だ。

 その界隈から話を聞きだすのは、形無の役目。少なくともこれまで、宝田が使っていた筋は他になかった。


 ――やっぱりお払い箱か、それとも?

 形無が環の件について情報を得ることは、もう期待しない。そういうことなら仕方がないと思う。何も出来ないまま、時間が経ちすぎた。

 だがそれだけでなく、船場との関係を察知されたとしたら。

 これまではそれでも問題なかったけれど、今後も同じとは限らない。何しろ今が、実際にまずい状態だ。


「何だかね、よく外国に行く人を調べてるみたいだよ。けいぽっぷって言うのかな、そういう感じでアイドルとかタレントになりたい人を連れてくるんだって」

「K-POPな。そういう感じってことは、韓国じゃなくて?」

「うーん。タイとかフィリピンとか、ベトナムとか?」


 東南アジアでは少し前まで、日本の演歌やニューミュージックが流行っていた。今はアイドルにシフトしつつあるらしい。そういう環境下でアイドルになれると現地の若者に言えば、希望者はたしかに多く集まるのかもしれない。


「アイドルねえ。東南だからイーストサウスで、ESーPOPとか歌わせるのかね」

「エスポップ? ださいよ」


 指摘した青二の声は、からかうと言うより毒づくという風だった。彼はまだしゃがんだまま、石車に見られぬほうへ顔を背ける。

 東南アジア、アイドルと単語が並べば、きっと形無と同じ妄想が浮かんでいるに違いない。


「だいたい話は分かったが、一応聞いとく。飛ばし屋はどこ行った?」

「だからその、外国の人を連れてくる人たちがそうなんだってさ」

「なるほどなあ、悪いことを考える奴は居るもんだ」


 会話がぶつ切りにならぬよう、どうにか相槌を返す。少年はどうか眼を向けると、ちょうど彼もこちらを向いた。酷く虫歯の痛むような、切ない表情で。

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