第二幕:戻せない過去

第四節 出発のとき

第20話:昔気質の朴念仁

 情報を売る仕事にも、さまざまある。区分がどこかへ明文化されているでもないが。

 新聞屋、チクリ屋、探偵、スパイ。それらの違いは明確でなく。もしもあるとすれば、得た情報を自ら売り込むか否か。


「船場って、何屋なのさ」


 青二の問うた名前は、情報を求めてくる常連だ。こちらには単なる日常の積み重ねでも、上流階級のあちらには未知の世界。要は需要と供給の問題と言える。形無はあくまでも、要求に応じて払い出すスタンスだ。

 ざっくばらんに言うなら、刑事ドラマに見かける情報屋。有能な刑事が、こそこそと丸めた札を渡し「旦那、実はね」と耳打ちする。あれこそフィクションの産物にも思えるが、実在した。

 何しろ、形無自身がその一人なのだから間違いない。


「何屋って。人材派遣にコンサルティング、金融に輸入販売。土木もあるし、やってない業種を探すのが難しいな」

「へえ、すごいね――」


 どれだけ嫌っていても、親は親だ。怪しげな男に操られるのを見せつけられては、気になるらしい。浅井家からドライブがてらにあちこち回って、戻ったばかりだ。仕方のないこととは思う。

 普段は年相応に勢いよく食べる青二が、買って帰った弁当をいつまでも食べ続けた。今もハンバーグの下に敷かれたスパゲッティを、一本ずつ眺めては啜る。


 ――普段、ね。

 自嘲したところで、表の道路に車の停まる気配があった。候補の筆頭である船場は会ったばかりで、エンジン音も違う。

 他はどれも似たような頻度でしか訪れないが、何となく宝田かなと感じた。


「おーい、居るかい」


 やはり。開け放した縁側から通った野太い声は、正しくだ。そのまま食ってろと青二に言って、庭に出る。

 日焼けして赤い塗装の剥げかけた、ワゴンRが見えた。スラックスにポロシャツ姿の宝田が、庭扉の前で手を振っている。入れてもらう気満々のようだ。


「どうしたんです、突然」


 竹の扉を開けば「邪魔するよ」と、遠慮なく踏み入ってくる。客が庭へ入るのは、ままあることだ。それが刑事の宝田であっても、何ら問題はない。


「どうしたもこうしたも。通りかかったら、良さそうな道具が並んでるんでな。見せてもらおうと思っただけだ。それがお前さんの商売だろ?」

「それは毎度どうも」


 並べた古道具たちの修繕は、半分ほども進んでいた。終わった物は透明なビニールに包み、簡易に柱を立てた屋根の下へ入れている。通りがかりに道路から見える位置にはない。


「大陸風ばかりだな。わざわざ仕入れたのか?」

「たまたまですよ。どこかの中華料理屋でも潰れたんでしょう」


 ふん、と。気に入ったのか入らないのか分からない返事をして、宝田は並べた道具の間を二周した。梱包してあったものを、一つ剥いでまでもする。


 ――ひとつでも買ってくれるんなら、構わんけどな。

 よりによって最も手間取った茶棚だったが、昔気質のこの刑事に細かな気遣いを求めるのは無駄だと諦める。


「そこの煙草盆はいくらだ?」


 中華風の道具に興味を持っていたのかと思えば、値を聞いたのは日本で使われていた物だ。大物じゃないのかと、失望を隠しきれない。

 盟治めいじ時代の品で貴重は貴重だが、ごまかせない引っ掻き傷が多く、叩き売りするしかなかった。


「うーん。宝田さんなら五千円でいいですよ」

「いいのか。ありゃあ掘り出しもんだぞ」

「損にはなりませんから」


 得にもならない。梱包資材はともかく、やり直しの手間賃にも足らなかった。


「包みますね」

「いや、手間だろう。そのまま持って帰る」


 両手にちょうどほどの煙草盆こそ、ボール紙で包むだけだ。全く手間ではなかったが、するなというものはしない。

 宝田はひょいと持ち上げ、金を払う前にワゴンRへ持って行った。


「払いだ」


 またこちらへ戻りながら、手は尻のポケットを探っていた。二つ折りの紙幣を十何枚も束にしたのが取り出される。

 そこから数えて、揃えて出した形無の両手に載せられた。のだが、肖像画の顔色が良かった。青褪めていない。それでいて二枚ある。


「お釣りはいかがしましょう?」

「要らん」


 するとこれは、何の金か。情報料にしては、何も問われていない。

 考えて、唯一の可能性を口にする。


「環のことで気遣ってくれてるんなら、無用ですよ」

「――そんなのじゃない。頼まれてくれ」


 否定は、ひと呼吸あってからだった。

 他の誰かが浪費した時間なら、自惚れに呆れられたと捉えただろう。

 しかし目の前に居るのは、宝田重三郎なのだ。七年前に亡くなった、宝田環の父親。関係ないと信じるほど、人の心を失ってはいない。


「そうですか。何です?」

「違法密入国のブローカーが元気らしくてな。何か知らんか」

「と言うと、不法滞在ですか」

「そうなるな」


 外国の貧しい者をうまい話で来日させ、奴隷のような扱いで働かせる。昔は暴力団やらの資金源として活発だったが、今はそれほど聞かない。外国人技能実習などの制度が、政策として行われているからだ。


「すみません、今のところはこれといって。耳を長くしときます」

「頼む」

「相変わらず忙しいんですね」

「仕事馬鹿だからな。本命は上にも内緒だ」


 宝田は刑事課でも四係。暴力団などの組織犯罪を担当する。半分は生活安全課の管轄となる、外国人絡みの案件にまで手を出すのには理由があった。

 既に捜査の終わった事件を追い続けることに、上司から文句を言わせない為。


「無理をしないでください」

「お前も何か分かったら、教えてくれよ」

「分かってます」


 話したいことは全て言いきったようだ。宝田は宙に手刀を切る素振りをして、「じゃあまたな」とワゴンRへ足を向けかけた。

 けれども、途中で止まる。


「ん。お前さん、いつの間にあんな大きな子を拵えた?」


 縁側に向いた視線を追う必要はなかったが、行きがかり上で倣う。思った通りそこには、青二が立っていた。


「知り合いの子ですよ。仕事の都合だかで、しばらく預かってるんです」

「そうか、名前は?」


 そんなことをせずとも十分聞こえるのに、宝田は声を張る。おかげで青二は、ぎょっと目を見開いた。


「あ、浅井青二」

「青二か。男らしい、いい名前だな」


 小遣いでもやるつもりかと思ったが、無骨な刑事はそれで帰った。

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