第18話:ものの見かた

 金曜日。石車との約束の日だ。昼間はアワワ商店街の店を回り、あちこちをデジカメに収めた。

 我こそは形無の助手でござい。とでも言うように、青二は荷物を持って着いて回る。


「あらぁ形無さん。若い子を雇ったのねえ」

「いやいや。見学ですよ」


 いちいち「ちょっと預かっている」と話すのも面倒で、そういう説明で済ませた。どこの誰も、青二がこの近所に住んでいるとは気付かない。全くよそ行きの話し方で、少年を褒める。


「夏休みなのに偉いわねえ。形無さんは仕事熱心だから、よく教えてもらいなさいよ」


 時期ごとに移り行く景色を記録して、古道具の修繕に活かす為に。と、被写体となる店の者たちには言ってあった。

 まったくの嘘ではない。古めかしくて売れそうにない古道具を、最近の流行り風に変身させる参考にする。

 しかしそれとは別に、道行く人の流れをなるべく入れ込むように撮った。そうしていると、自然な素振りに見せて顔を隠そうとする者も居る。その人物の顔と、いつどこで撮ったのかは売り物になるのだ。

 他に飲食店の順番待ちのリストなども写す。誰が、いつ、どこで、何をしていた。そこに繋がる情報は、積み重ねれば馬鹿にならない。


「今日も酢漬け?」

「いや別に何でもいいと思う。食い物の好みなんて、聞いたことないんだ」

「それなら、こういうのもいいんじゃない?」


 午後五時を過ぎて、石車に提供する酒とつまみを買う為に、いつもの商店を訪れた。形無があまり立ち入らない奥の棚から、青二はいくつかの駄菓子を持ってくる。


「ポン菓子と、おやつカツと、揚げ餅か。こんなのあったんだな」


 自身が子どものころに通った駄菓子の店は、とうになくなっている。しかし売っている物には見覚えがあった。人参を模したビニールや、和風の図柄の包装は全く変わっていない。

 違うセンスで選んだ物も良かろうと、それらを買って店を出る。

 アワワ通りの入り口。いつも通り石車は、人と車の流れるさまを眺めて立っていた。一つ違うのは、歩道橋の上であること。

 三角形の交差点の上を、辺をなぞるように結ばれたトライアングル。その角から下を見下ろしていた。


「珍しいところに居るな。ほら、飲んでくれ」

「ど、どうぞ」


 おっかなびっくりながら、青二が紙袋を渡してくれる。「えへへ」と受け取るほうも、いつになく会釈をした。

 早速中身を取り出した石車は、左右につまみを持って見比べる素振りをする。好みを見定めているのか、いつもと選定が違うことに気付いたのか。


「えへへへ」


 ともあれポケットに突っ込み、まずは酒をぐいっと煽る。それから最初に包装を破いたのは、揚げ餅だった。


「うまい」


 ザクザク。口を閉じず、いい音をさせて食う。欠片がいくらも飛び散るが、あれはもったいないと思わないのだろうか。


「約束の五日が経ったけど、どうなった?」


 精神的に危うい状態でも、頼みごとを忘れられたことはない。だから主語を省いて聞いたのだが、石車は青二に向いて言った。


「これ。選んでくれたの、君だろう?」

「え、うん。よく分かったね」

「形無くんは、僕のことが嫌いだからねえ。たまには違う物をなんて、考えないんだよ」

「嫌いなんて。それなら何度も来ないと思うよ」


 急に何を言い出したのか。嫌いだなどと言ったことはなく、考えてもいない。


「そうなのかな。まあ、ね。ものの見かたを変えるのは、とっても大事だって知ってるはずだからね」

「ものの見かた?」


 何の話だと、青二が問い返す。石車は「えへへ」と笑って答えず、また歩道橋の下を覗き込んだ。


「危ない!」


 ふわっ、と。ぼろぼろのサンダルが浮いた。青二は咄嗟に腕をつかみ、引き戻す。


「えへへ、ありがとう」

「酔ってそんなことしたら、落ちちゃうよ」

「気を付けるよ、えへへ」


 危なかったと認識しているのか、当人は酒に濡れた手を舐め回して笑う。


「でもほら。形無くんは、助けようとしてくれなかった」

「うるさい。反射神経で高校生に勝てるか」

「そういうことかあ。えへへ」


 ちくり。ちくり。石車の言葉が胸に小さな痛みを落とす。


 ――お前のほうが、俺を嫌いなんだろうが。

 怒鳴りつけてやりたかったが、しない。しょせんはお互いさまだ。


「そんなことより、どうなったかって聞いてるんだよ」

「居ないよ。やっぱり落とし物をして、探してる人の話は聞こえてこない」


 今度は素直に答えがあった。今にも笑いそうな口許のまま、石車は小さく頷く。


「そうか。じゃあ安心して――」

「怖いくらいにね。物があるなら、探しはしなくても。落とした人は居るはずなのにね」


 不審を煽る言いざまに、青二も「どういうこと?」と問う。


「理由は知らないが、黙りこくってる奴が居るんだろうさ。よほどヤバい代物か、恥ずかしくて思い出したくもないか。早いとこ処分したほうがいいって、石車は言ってくれてるんだよ」

「えへへ」


 少年は一つ頷いて、すぐに気付く。


「でもそれなら、友野さんのところに迷惑はかからない?」

「大丈夫だよ。取り戻す気なら、もううちへ来てる」


 安心させるつもりで言ったのだが、青二は唾を飲む。

 形無には、もう元の持ち主は諦めていると分かるのだが。それは経験に基づく、勘の領域だ。具体的にこう、と説明してやることが出来ない。


「君は前も来てくれたよね。何かいいことでもあったのかい? とても明るい顔になってる」

「すごいね。どうして分かるのさ」

「そりゃあね」


 今度は占い師の真似ごとでもする気か。表情の変化くらい形無も気付いていたが、青二は感心して見せた。


「それが何か、今までと違うことを始めるのなら。形無くんを頼るといいよ、彼は必ず助けてくれるはずだからね」

「はあ、そうなの?」


 当てずっぽうで、余計なことを言うな。そういう呪いをこめて、睨みつける。

 すると石車は、「えへへ」としか話さなくなった。

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