第17話:少年の社会見学

 年輪工房へ行った次の日。火曜日は、道具類の修繕に当てた。


「そろそろ片付けないと、次の仕入れもままならないからなあ」

「オレにも出来ることある?」


 自信なさげにではあったが、青二は率先して手伝いを買って出た。昨日の「明日からやる気出す」宣言は実践されているらしい。


「そうだなあ――」


 言っては悪いが、青二はやはり不器用のようだ。いきなり高度なことをさせては、怪我の元になる。彼の身体的に、形無の経済的に。


「売り物にならないのは、崩して薪にしちまうか。倉庫に鉈があるから、それで頼むわ」

「えっ。オレがやっていいの?」

「怪我だけは注意しろよ。指が飛ぶぞ」


 だからと怖れるばかりでは、出来るようにならない。ゆっくりと慣れれば、誰でも熟練者にはなれる。常軌を逸した達人になる必要はないのだ。


「でももったいないね。せっかく仕入れたのに」

「まあな。でもトラック一台分で、五万とか十万とかだ」

「じゃあ一つ当たりは、何千円とかなんだね」

「そうなるな。そんな物を直せば、二、三万になる。俺がやってるのは詐欺だったかなって、ときどき思う」


 これほど良質の物が集まるのは滅多にない。だから普段はどうにか売り物にしようとする物も見切りをつけられる。壊して良い物を、これと、それと――と。指示していく。


「薪にしてどうすんの?」

「昨日、友野が言ってたんだ。キャンプが流行ってるだろ? それっぽい形をしてて、燃えさえすれば売れるんだとさ」

「そうなんだね。じゃあ長さを揃えなきゃ」

「ああ、任せた」


 それきり口を出さなかった。もちろん危ういことをしていれば、止めるつもりで。

 夕暮れ。「終わりにしよう」と言うまで、そんなことにはならなかった。例のキャビネットにかかったとき、神妙な顔をしていたくらいだ。

 頼んだだけ、全てが薪になった。ほぼぴったりに長さが揃い、太いのと細いのとが均等に混ぜてある。

 ひと束が五百円くらいになるだろうか。それが十束。


「青二、飯は何を――」


 初めての労働は、よほど疲れたらしい。出してやったサイダーを片手に、少年は縁側で眠りこけていた。


 その翌日。

 水曜日は、住宅地を回って古道具の回収を行った。


「机、椅子、箪笥。自転車に、三輪車。ご不用の品物がございましたら、お声をください」


 録音した声でなく、自分でマイクに向かって喋る。邪魔にならない道ばたに軽トラを停め、一度だけ。

 五分ほど待って、動き始めるときにもう一度。何度も繰り返したところで、声をかけてもらう率は上がらない。むしろ煩がられ、「ゴミもくれてやるか」みたいなことを言われるのが落ちだ。


「意外と声をかけてもらえるもんだね。まだ使えそうな物も多いし。これならみんなやりそうなのに、知らないだけかな?」


 正午を迎える前に、荷台がいっぱいになった。べたべたとシールの貼られた、衣装箪笥のせいだ。

 たしかに壊れてはいないが、見るからに安っぽい。ガタを直し塗装しなおして、五千円で売れれば良いほうか。


「うーん。ないときは本当にないからなあ。商品が仕入れられるか予測がつかないって、怖いもんだぞ。それにある程度、器用じゃないとな」

「そうかあ。オレが今すぐやるって言っても無理だもんね」

「否定はしないが、慣れの問題だ」


 正直に答えてやると、「厳しいねえ」と青二は笑う。形無には、笑いごとでない話題なのだが。

 廃品の回収は、要するにゴミ収集の業界へ足を踏み入れることだ。真っ当な会社もあるが、そうでない会社も多い。

 故に。どこで仕事をするのか、縄張りが問題になる。知らずにやって同業者の忠告も無視すれば、境山さかいやま湖へ浮くこともあるだろう。


「ところで、それは何を書いてんの?」

「これか? 回ったところと、回収した物をチェックしてるだけさ」


 日除けに挟んだバインダーに、ときどきメモを取る。青二に答えたのは、嘘だ。

 本当は決まった曜日、決まった時間に、決まった家を見る。車のあるなし、カーテンが開いていたか、植木の状況はどうか。そういう傍目に分かることを書き残す。

 その家に誰が住んでいるのか、どんな人物なのかは知らない。知っていても、知らないことにした。

 集めたデータは、定期的に船場に渡す資料の一部になった。これだけではないが、そんな風に船場に協力することが、縄張りの問題を意識せずとも良い理由になる。


 木曜日。さいたま市の自治会館で、古物市が催された。業界で初出うぶだしと呼ばれる品ばかりが出品される。

 学校の体育館を思わせる広い会場に、人がごった返す。通路は台車がすれ違えるだけしか幅がなく、両脇に家具が並ぶとかなりの圧迫感を覚える。


「古物の業者しか入れないのは同じなんだろ。初出しと他のと、何か違うの?」


 入り口でもらった入札札にゅうさつふだを渡すと、青二は物珍し気に弄り回しながら聞いた。

 古物市場は古物商の許可を得ていて、会員の登録もしておかねば入れない。例外は今の青二のように、連れとして入ることだ。

 部外者には貴重な体験なのかもなと、引率の教師のような気分になる。


「普通の古物市は、そのまま売れる物が多いんだよ。そもそもいい状態で出てきたか、誰かが売ろうとしたけど売れなかったかだ」

「それじゃあ売れにくいね」

「売る場所とタイミングにも依るけどな。でも初出しは、誰も査定をしてないんだ。それこそ鍵が開かなくなった金庫とかまである」


 倒産した会社の倉庫からそのまま持ってきたとか、収集癖のあった個人の持ち物とか。そういうケースが多い。

 中でも古民家を解体した中身ならば、誰でも飛びつくお宝の山だ。


「ギャンブルだねえ」

「そこが骨董と古道具屋の違いだよ。いい物を見逃さないってより、どうにもならないゴミを掴まないようにする。使える物なら、焦らなきゃ必ず売れるからな」

「へえ……」


 出会ったときの「へえ」とは、随分と違った。聞き流すのでなく、耳に入れながらも興味の尽きない気持ちが伝わってくる。

 ふらふらとあちこち見回すうち、形無には顔馴染みの老人に背中からぶつかった。


「す、すんません」


 飛び退いて、直角に腰を折る青二。それを見た老人は、真っ赤に焼けたスキンヘッドから、豪快な笑いを「わはは」と飛ばした。


「おっ、若いあきんどやな。形無んとこへ弟子入りしたんか?」

「いやいや、ちょっと預かってる子です。ぶつかってすみません」

「ええて、ええて。アメちゃんでもやりたいんやけど、おっちゃん持っとらんわ。すまんな」


 掘り出し物を逃してしまうので、ゆっくり話し込む暇はない。もう一度謝って、にこやかに別れる。青二も再度、深く腰を折った。


「すごいね、大阪からも来んの?」

「出身は関西だろうけど、今は大宮に住んでる人だよ。でもまあ、関東中ってくらいは集まるかな」


 年輪工房でもそうだったが、青二は家具や木材に囲まれるのが好きなようだ。

 友野のところへ通うのは大変だし、人数も足りているだろうが、その方面が良いのかもしれない。


「今のじいちゃんは、何を買うのかな」

「機械系が専門だな。時計とか、スタンドとか」

「へえ、仕事って面白いねえ」


 爛々と眼を輝かせる青二に、入札の体験もさせてやった。と言っても入札札に、屋号や形無の決めた落札希望価格を書いて、入札箱へ入れるだけだが。

 開函かいかんの午後五時。運営の読み上げ係が、入札箱を回っていく。その結果は、館内放送で逐一流される。

 すぐに一覧も貰えるのだが、青二は自分で作った落札品のチェック表と比べた。


「ああっ、あの薬箱格好良かったのに。でも小引き出しの山は落とせたよ!」


 自分のことのように。年齢よりもずっと幼い、子どものように。


「楽しいか?」

「だね。仕事が趣味って話を聞くけどさ、絶対嘘だと思ってたよ。でもこれなら、ハマるのも分かる」

「そいつは良かった」


 会場の片隅。長椅子に座って、笑顔を弾けさせる青二。うっかり一緒に笑ってしまうのは、当然のことだった。

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