第16話:青二の決意

「もちろん構わんさ。昨日言いかけたけど、今もそのつもりだよ。どうして受け取る気になったのかは知りたいけどな」


 問うと青二は、「うん」と頷く。運転する形無よりも、前を凝視しつつ。


「あの借金は、父さんのせいなんだよ」

「へえ?」

「言っても名前も知らないだろうけど、小さい芸能事務所に勤めてたんだ。母さんも昔はそこで、アイドルみたいなことをしてた」


 実年齢から十以上も若く見える、気の強そうな母親。特徴が示す共通解に「ああ」と声が漏れた。


「会社勤めと所属するアイドルが夫婦って、問題なかったのか?」

「あったらしいよ。でもお互いが望んでるからって大目に見てもらったみたい」


 借金から、この話の流れ。先を聞かずとも、おおよその予想はついた。頭痛のする思いで、「で?」と促す。


「父さんは、また若い子に手を出した」

「そうなるかあ……」


 言い方は悪いが、アイドルもその会社の商品に違いあるまい。自分の売り物に手を出す商売人で、まともな人間であった試しはない。

 公と私と。自分と他人と。そういう境界の分からない、病気なのだと形無には思える。


「じゃあ借金てのは」

「示談金だってさ」

「あいたたた」


 その子どもが語っていても、こんな風にしかリアクションが出来なかった。ちょっとおどけて見せでもしなければ、「救いようがないな」などと口走ってしまう。


「そんなこと、よくお前の両親が話したな」

「船場だっけ? あの人に聞いたんだよ、車の中で。母さんは途中まで、自分は関係ないって言ってたから。罪悪感を与えようとしたのかな」


 青二がやって来たときの、頑なな表情が目に浮かぶ。

 形無家に来るまでの車中、そんな事情を聞かされたのだ。むしろ、冷静だったと褒めてやりたい。


 ――しかし、アイドルまで手掛けてたのか。新しく買ったのかね。

 船場の持つシップスエージェントサービスが、人材派遣を行うのは当然に知っていた。芸能人も人材には違いなかろうが、以前は業務になかったはずだ。


「その借金を?」

「うん。オレが代わりに返す。だから出来れば、追加で五十万円貸してもらえたら嬉しい」


 友野が言い値通りに榧材を買ってくれれば、合計で二百万円。聞いていた額に釣り合う。

 借りた分はどこかで働いて返す、とでも言い出すに違いない。しかし相手は、昨日知り合ったばかり。しかも高校生だ。


「おいおい、いきなり無茶を言うな。古道具屋がそれほど儲かるとでも思ってるのか?」

「正直、分からないよ。オレ、アルバイトもしたことないからさ。だから、出来ればでいい。足りない分は待ってくれるように言うよ」


 二百万に対して百五十万。普通の金貸しなら、融通を聞いてくれるかもしれない。

 しかし船場はどうか。

 そもそも示談金は、責任を分かりやすくする為に設定されたものだろう。


 ――無理だわなあ。


「ええと、ちょっと待て。五十万、貸したとする。青二はその金を払って、親を助けてやる。それからどうなる? 親はお前に感謝してくれるのか? 金を返してくれるのか?」


 古道具屋の収入で五十万は、出したくとも出せない。家の維持と日々食っていくのでやっとだ。

 ただし形無には、情報屋としての収入がある。そちらからなら、何とか。出すだけの理由があればだが。


「返してくれないだろうね。感謝もしない。というか、感謝されたくないと思ってる」

「んん?」

「オレからの手切れ金みたいなもんだよ。そんな金を払ったんだから、文句は言わせないって思えるだろ。ルーエンの話を聞いて、考えたんだ。オレも自分のことくらいどうにかしようって」


 座席の後ろに空いた覗き窓を、青二は振り返る。その視線が数拍ほどで、形無に向いた。


「ルーエンとは三つくらいしか違わない。オレだって出来るよ」

「そりゃあ、多少の金を稼ぐくらいはな。でも、家を出るつもりか? そもそも母親が厳しくて、自由もないんじゃないのか?」


 三つくらいと言うが、成人しているかいないか。技能実習のような制度を利用できるか。その違いは大きい。


「家は出たいけど、出られないよ。行く当てがない。形無さんの家に住まわせてもらえるかなとは思ったけど、さすがにね」

「え、俺の家に?」


 まだひと晩であっても、寝起きを許された場所。頼りたくなる気持ちは分かる。立場が逆であれば、形無も聞いてみるくらいはするに違いない。だが今この状況は、二週間という約束があるから成立している。

 同じ時間を過ごして、青二を嫌ってはいない。

 ――それでもな。


 自分以外の誰かを受け入れる準備が、形無にはなかった。だから俺の家にかと問い返す言葉が、否定の色に染まった。


「うん。図々しいにもほどがあるよ。分かってる」


 乗り出しかけた姿勢を戻し、青二は股の上で両手を遊ばせた。視線も用事ありげに、そこへ注がれる。

 しまった。と後悔するが、「やっぱりいいぜ」とも言えない。


「いや、その。急に言われたからな――」

「母さんは別に厳しくはないよ。小さいころから何を聞いても、好きにしろって言われて。逆に何もやる気がなくなってた」


 無理なのは理解している、気を遣うな。そんな風に言われた気がする。


「オレ自身の問題だよ。やる気にさえなれば、何だって出来る。オレ、頑張るよ」


 意識して勇気を振り絞っているのだろう。声に戸惑いが混じっていた。けれども頑なさは見えない。

 高校生。十八歳の、何も決まっていない未来へ向かう姿が眩しい。

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