第14話:榧材の嫁入り
作業場は、二十畳ほどもあるだろうか。壁に暖炉のあるところなどは、建物の所縁を感じさせる。
その壁には大型のチェーンソーから、マイクロねじ用のドライバーまで。多種多様な工具が美しく飾られた。もちろん製作にも使われている。
別の壁際には、すぐに必要な資材が種類ごとに分けて置かれた。形無ならば、適当に放り投げておくところだ。
――整理整頓は、いつも通りなんだが。
土足のままの足下。セメントのタタキを壁まで見ても、また反対に視線を向けても。木屑や埃が落ちていない。
作業台には木材と電動カンナがあって、たった今まで研磨をしていたと想像できる。その周囲しか、汚れていなかった。
「嫁さんでももらったのか?」
「そうじゃない。木工を教えてくれって奴が来てるだけだ」
友野には、過去に何人かの見習いが居た。一人前になって独立したのも、途中で辞めたのも。
今どき古臭いのだろうが、飯の煮炊きや掃除といった身の回りの世話もやらせた。
その代わりに当人が希望すれば、住まわせてやった。材料や工具、食事まで、金を払わせることもない。
だから合う者は親身になって従う。のだが、今回はまた違う気がした。床掃除は一日の終わりにやったほうが、効率的に決まっている。
「センセー。出来ましタヨ」
「飯が出来たとさ。青二くん、そこの戸を開けてやってくれる?」
作業場からまた奥へ通じる扉。そこは厨房で、聞こえたのは女の声だった。
青二が駆け寄って開けると、声の主が姿を見せる。ちょこちょこっと小さな歩幅で、小走りに。左右の手に一つずつ、丼を持った女性。
赤みがかった長い黒髪を後ろで束ね、肌は浅黒い。独特の抑揚でそうかなと思ったが、日本人とは異なるアジア系の風貌をしている。
「まだアルヨ!」
愛嬌のある話し方。一瞬、しゃぶしゃぶ屋の店員かと思った。似ては見えたが、別人だ。
二十代前半だろう。手招きで厨房に連れ込まれた青二が、残りの丼を持って出てきた。
「ガンバレ! ガンバレ!」
「いや騒ぐと溢すから」
たかだか丼を輸送するだけの任務に、盛大な応援がされる。拳を二つ振っての伴走。青二は冷静を装うが、苦笑を隠せていない。
「見習いねえ」
「見習いだ」
平坦な口調で繰り返した友野が、率先して作業台に着く。
「悪いな、埃っぽくて」
「気にしません」
友野の隣にその女性。対面に形無と青二が座り、食事となった。作業台は広く、反対の端に置かれた工具まで背丈分以上もある。
「昨日長野に行って、その土産だ」
「二人で?」
「問題があるか?」
「聞いただけだ」
細く腰の強い蕎麦。強い香りもして、うまい。夏に熱い物も悪くない。女性もうまそうに、上手に啜った。
「ああ、そうだ。これ写真な」
「今出すのかよ」
やはり詳しくも得意でもないが、一眼のデジカメを持っている。プリントも覚束ないが、カメラ店で印刷してもらった。
引きの画と接写と、様々な角度から十枚。
「……ふうん。割れとか空洞は?」
「叩いてみたが、ないと思う」
台の上に十枚を並べ、友野はしばらく眺めていた。蕎麦を食うのは休まずに。ときにじっと、食い入るようにしながら。
そうして出てきた言葉が状態の確認とは、悪くないらしい。
「いくらと思ってるんだ?」
「二百ほしいとこだが、百以上ならいい。今はそれほど木の相場が良くないだろ」
四六時中、木のことばかり考える男に駆け引きはしたくなかった。事情も含め、正直な希望を伝える。
すると友野は、間髪入れず答えた。
「なら買った。百五十だ」
「お――いいのか?」
「現物を見て、判断を変えるかもしれんけどな。それでもいいなら百五十ってことにしとく」
買ってくれそうな知人を、まず当たってみたのではある。それが初っ端から正解を引いて、気後れする気持ちが芽生えた。
売りつけておいての言い草でないが、決して安い品物でない。
「そうか、助かるよ。持ってくるのは一週間後になる」
「分かった。しがらみは洗い落としてくれよ」
「へいへい」
情報屋であることを、友野には伝えていない。だが曰くのありそうな物を売ったのが、初めてでもなかった。
互いに何がどうとは言わず、取り引きの話はこれで終わりだ。
「ねえ友野さん。買ってくれるのはありがたいんだけど、こんな高い木で何すんの?」
蕎麦をあらかた食い終わった青二が聞く。形無としても、興味のあるところだ。友野は積み木を作ったかと思うと箪笥を拵え、次には芸術としてのオブジェと、幅が広い。
「去年から頼まれてる仕事がある。百年保つテーブルを作れって」
「百年保つテーブルかあ、すごいね」
「榧は水気にも強いし、うってつけなんだ。材料が決まらなくて、困ってた。青二くん、ありがとうな」
あの榧材はテーブルになって、どこかの高級料亭にでも嫁入りするらしい。
思わぬタイミングで礼を言われた青二が、また苦笑でごまかす。
「だからオレは、たまたま見つけただけなんで」
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