第11話:清濁見極めるのは

「青二があの榧材の荷主だとして、誰に運ばせる?」

「専門の人を自分で用意するよ」

「お抱えの運び屋か。うん、そうしたくなるよな。でも何かの弾みに、そいつは捕まるかもしれない」


 輸入することが禁じられていないといえ、商いとして続ければ何かしらの咎めを受けるだろう。

 もちろんそんな手合いは、木材だけでなく他にも扱っているはずだ。それこそ銃器や薬物などを。


「そうなったらオレのこともバレるだろうから、逃げる」


 青二はそう答えてすぐ「あれ、でも――」と自身の発言に疑問を示した。


「自分の部下にするからそうなるのか。なら普通の荷物って言って、普通の業者に運んでもらうほうが楽だね」


 賢いなと評価して、何を偉そうにと思う。しかし実際、誰もそこまではなかなか気付かない。


「依頼主から辿れないようにさえ、しておけばな」

「あー、なるほどね。偽名の誰かから買い取ったことにすれば、もうどうしようもないね」


 ――本当に賢いな。

 良識に溢れた誰かが聞いていれば、子どもに何を教えているのかと叱られるに違いない。

 だが形無は、それは違うと考える。

 ヒントは与えたが、気付いたのは青二自身だ。出てきた答えも、分かってしまえば大した話ではない。

 けれども自分で辿りつけるか否か。その違いは人生において重要だ。


 ――気付けないとか知らないってのは、命にも関わるからな。

 どんな悪辣な知識も、知っているだけで破滅はしない。そうなったときは、利用の仕方を誤っただけだ。

 だから。

 形無は、普通の高校生が知らなくとも良いことを教える。


「つまり噂話にも探してる奴の話が出てこなければ、あれは血眼になるほどの物じゃないってことさ」

「そうなるね。損切りって言うんだっけ?」


 そうそうと頷いて、話題を変える。あの榧材の処分についてだ。


「ところで、あれが売れたらの話だけどな」

「へ太郎がまだ調べてくれるんじゃないの?」

「問題なかったとして、さ」


 いくらになるか、買い手がつかないことには分からない。大体の相場はあるものの、欲しいという者が居なければ値を下げるしかない物だ。

 それでも百万円を下回ることはないと見込んでいる。


「青二の両親の借金って、いくらか知ってるか?」


 興味津々で向かい合っていた眼が、聞いたと同時に壁へ逸れた。これまでの雰囲気から、そうなるだろうと想定していた反応だ。


「二百万とかだったかな」

「二百万か。うーん、もしかしたら足らないかもしれないな」


 売却益を、そっくりそのまま譲ろうと考えていた。

 あれを発見したのは、あくまで青二だ。彼がキャビネットを破損させていなければ、そんなことは考えなかった。

 しかし当人は先を察して、不機嫌そうに「やめてよ」と言った。


「オレは手伝おうとして、キャビネットを壊しただけだよ。仕入れたのも形無さんだし、貰う理由がないよ」


 一応の道理は通っている。が、本心から言ってはいない。壁に向かった視線が落ち着かず、胃場所を求めてあちこち彷徨う。


「言ったと思うが、俺は大儲けしたいわけじゃない。毎日、毎月、適度にやることがあって、必要なだけ金を稼ぐ。それが楽しいんだ」

「聞いたけど」

「下手にまとまった金を持つと、働くのが馬鹿らしくなっちまうだろ」


 取ってつけた後半は嘘だ。馬鹿らしくなるから、ではなかった。

 どんなにくだらないことでも、やるべき何かが目先にないと困るのだ。物思いに耽るしかない時間が怖い。


「いや、でも――」

「お前こそ受け取ったら困る事情でもあるのか?」


 この問いの答えも、何となく予想がつく。青二はなぜか、両親に強い反発心を抱いている。

 その辺りを理由にしたくなくて、貰う理由がないと言っているに違いない。


「ないけど」

「けど?」


 両親に何を思うのか、知りたかった。どうしても言いたくないのなら、無理にまでは聞かない。

 ただ自分から話すのを待っていたのでは、この頑なな少年は永遠に語るまい。


「なんだよ。オレが目障りなら、そう言えよ。物置きでも何でも、目に付かないとこにじっとしてるからさ」

「そうじゃない、そんなことされたら余計に気になる。頼むから楽にしててくれ」


 どうやら性急すぎたらしい。大げさに腕を振り上げ、両手を合わせる。

 愛想のない形無がどうにか絞り出したおどけた仕草に、若い審査員は皮肉げな笑みを得点に与えてくれる。


「お待たせしました」


 ちょうど具材も運ばれてきたようだ。襖が開いて、店長の持つ盆にたくさんの器が見えた。

 普段は一人分なので、さっさっと置かれていく様が壮観ですらある。


「ご注文の品はお揃いでしょうか?」

「揃ってます。また頼むと思いますけど」

「ええ、またお声がけください」 


 確認を終えた店長は、キレのある動作で退室しようとした。だが、このまま帰すわけにはいかなかった。


「あー、もう一つ」

「何でしょう」


 注文の追加と受け取ったらしい店長は、腰のケースから端末を出して開く。


「いや注文じゃなくて悪いんだけど」

「おや何だい。形無さんの話なら、何でも聞かせてもらうよ」


 こちらが口調を変えると、店長も即座に営業モードを解いた。

 この界隈に、形無が馴染みでない店は存在しない。その男が話すよその営業状態や、客からの評判など無視できるはずがないのだ。


 ――でも今日は違うんだよな。

 言いにくいが、言わないほうがもっとまずい。小さくため息を吐いて、覚悟を決める。


「外国の子、入れたんだね」

「ああそうだよ。何とか研修制度っての? ベトナムから遥々ね、まだ今日で三日目だ」

「大勢?」


 想定と趣の違う話題に、店長は怪訝な顔をする。けれども嫌がることなく、教えてくれた。


「うちは三人だよ。今日は一人だけどね。どうかしたかい?」

「一人か。じゃあさっき、席に案内してくれた子かな」

「おお、そうか。どうだった?」


 働き始めて三日目。微妙なところだ。形無の勘違いなら良いが、そうでなかったら店長を悲しませることになる。


「日本語は問題なさそうだし、変な応対もなかったよ。襖がセルフサービスだったくらいかな」

「あはは、そうか。言っとくよ」

「そうだね。もうレジチェックも一人で任せてるみたいだし、一人前だね」


 店の方針にも依るだろうが、現金の取り扱いをアルバイトの店員に任せきりにはしない。

 客の目がある精算はまだしも、レジ締めの作業は二人でやることとこの店では決められている。


「ん。しっかりやってた?」

「来たときにね。中断させたみたいで慌ててたから、悪いことしたよ」


 あの女性店員が何をしていたのか、言及はしない。何があったのか伝えて、そこから何を読み取るのかは店長の裁量だ。


「そうかい伝えとくよ。形無さん、ちょっと外していいかな」

「もちろんだよ。時間を取らせて悪かったね」


 威厳のある職人の顔を、店長は崩さない。眉間に深い皺が寄せられたのは、ご愛嬌だ。


「ありがとうよ」


 注文をしたときや、いつもの精算で聞くのと違い、背中越しに礼を言って。閉められた襖は小さく、パタンと鳴った。

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