第15話

「三島さんは変わらないっすね。」

「一人だけでも変わっていく世界に抗ってみようかと思ってね。」


「一人活動家というわけだね。」と言いながら三島はコーヒーを一口飲む。切迫した事態なのは三島も知っているはずなのだが、それでも優雅な所作にアカネも焦っていた心が落ち着いていく。


「まぁ、座りたまえよ。ここのコーヒーの味も昔を思い出させてくれるだろうから。」


 促され二人は席につく。席に着くと恭が二人分のコーヒーを運んでくる。アカネにはホットのブラック。栗原にはアイスのカフェオレである。


「こうしてまた三人で話すことになるとは。感慨深いものがあるね。」


 そう言いながら三島は目をつぶり昔を思い出しているようだった。


「思い出話もしたいところですけど、今はユズハの事を聞いてもいいですか?」


 三島は口元に手を置き少しだけ考える仕草をとるとすぐに口を開いた。


「そうだったね。今は思い出話に花を咲かせる時ではないね。私が聞いた事を伝えようか。今回のユズハ君の失踪だが、お家事情のようだ。アカネ君を襲った二人組も藤堂家に雇われたようだね。藤堂家の方も未だにユズハ君の痕跡を見つけられないでいるようで、さらに人を雇っているそうだよ。」

「って事はユズハの手掛かりは何処も分からずじまいって事ですね。」


 三島はアカネの言葉に首を振る。


「藤堂家はまだの様だけどシリウスは知っている風だったね。どうにも食えないじいさんだよ。教えてはくれなかったがどうにも教える必要が無い様な事を言っていたね。」


「そう考えると、彼も時代に抗う同士なのかも知れないね。」と言うと三島はまたコーヒーを一口飲む。


「あのじじいらしいな。しかし、教える必要がないってのはどうにも気になるな。」

「すぐに見つかるって事じゃないのか?」

「あのじじいがそんな素直なタマかよ。あいつは人の嫌がることが何より好きな奴だぜ?」


 栗原はそう言われると今までのシリウス絡みの事件の数々を思い出し苦笑いする。


「私の『遠見』を使っても良いのだがね。それは最終手段になるだろうね」


 三島の魔術は特殊で他の誰も真似することができないものだ。過去、現在、未来のあらゆる事象をことができるのだ。

 しかもその能力を使うことに代償は存在しない。

 ならば最初から使えば良いのではという話なのだがそう簡単にはいかない事情がある。

 それは発動の条件にあるのだ。未来を『遠見』するには三島本人に危機が迫った時という条件がつくのだ。


 しばらく、三人でどうやって探すかを話していると突然三島が渋い顔になる。それと同時に部屋に慌てた様子の恭が入ってきた。


「おまえら、相談中悪いが緊急事態だぞ!今、壁の内側にいる奴らから連絡があって大規模なスタンピートが起きたらしい!それも5年前に匹敵するかそれ以上かもしれない。この地域にも避難勧告が出たぞ。」

「どうやら間違いない様だね。私の『遠見』にも映ったよ。確かに5年前以上の魔物の数だ。」


 恭の言葉の後に三島も続ける。

 アカネも栗原も恭の言葉を疑うわけでは無いが、三島のに映る情報の確度の高さを知っているだけに更に更に警戒を強めた。


「これが偶然だと思うか?」

「必然でしょう。たぬきジジイは健在って事が分かりましたね」


「だよな。」とアカネが苦笑いしながら答えると立ち上がる。


「アカネくん。十分に注意したまえ。とまぁ上司ヅラしておこうかな。いつでも冷静にね」

「三島さんに言われると説得力が違いますね」

「もちろん。栗原。君もだよ。君は普段から言ってるからあえて言わなかっただけだからね。私は君の方が心配だ」


 栗原がアカネに他人事の様に言ったので、三島は呆れた様に釘を刺した。

 バツの悪そうな栗原は苦虫を噛み潰したような表情になる。


「今回は俺がついてますし。何かあれば止めますよ」

「今の君なら安心できそうだね。さぁ行ってきなさい」


 アカネの言葉に三島はフッと笑い納得した様に頷いていた。

 アカネと栗原はそんな三島と3人を見守っていた恭に頭を下げてから店を出た。

 店の外にはすでに商店街から避難を始めた人がまばらではあるが、壁とは反対側に移動していた。




 二人になった部屋で三島は落ち着いた佇まいを崩さずにコーヒーを飲む。


「アカネは随分と丸くなったじゃねえか」


 恭は三島に、大丈夫なのか?と不安げな目線を向ける。


「大丈夫さ。アカネ君は随分と成長した様だね。聞けば栗原に謝ったそうじゃないか。謝ると言うのは簡単な事じゃない。私たちでは与えることの出来なかった刺激をくれる人物に出会えた様だね」

「そんな事言いながら大体はるんだろ?」


 三島はやれやれと首を振り、コーヒーカップを置く。


「まだまだ君は私のことを理解していないね。こんなにも長い付き合いだと言うのに」

「理解ね。お前を理解できる奴なんて未来が見える奴だけだろ。俺にはそんなに世の中を客観視できないもんで」

「まったく。君はいつからそんなに皮肉屋になったんだい?」

「お前も俺のこと理解できてねぇなあ。これは元々だよ」


 その言葉に二人は笑い合った。まるで危機など迫っていないかの様に。




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