アカネノチカラ編

第13話

 ユズハがいなくなった。

 それは突然の出来事だった。


「ケイスどういう事だ」





 アカネは普段と変わらない朝を過ごしていた。

 朝起きて、タバコを吸いながらコーヒーを飲んでいた。

 タバコを吸い終わるとユズハを起こしに行く。それがここ二ヶ月ほどの日常だったのだ。


 タバコを吸い終えたアカネはいつもと同じようにユズハを起こしに行くのだが、部屋から人の気配がしなかったのだ。

 不審に思ったアカネは何度もノックするが返事がない。仕方なく鍵開けの魔術で鍵を開け部屋に入ると誰もいない。まるでその部屋にユズハがいたことが幻であったかのようだった。

 襲われたのであればここまで綺麗な事はない。ユズハも魔術師なので抵抗する筈だ。そうなれば部屋が無事なはずはないのだ。


 アカネは自分に何も言わず出て行くというのは何か理由があるのに違いないと思い急ぎケイスに連絡を取った。

 しかしケイスの返答はアカネの予想していたものとは大きく異なっていた。


「ユズハはウチを辞めたよ。昨日連絡があった。それだけさ。これ以上の情報は無いね。アカネもお目付役がいなくなったんだ。羽を伸ばせるだろ?」


 アカネはケイスの他人事のような態度に怒りが湧き起こる。


「それはどういう意味だ?辞めたらもう他人。どうでも良いってか?突然辞めた理由も聞かずにほっぽりだしたのか?」

「そうさ。ウチは去るもの追わずだよ。」

「そうかい。よく分かったよ。」


 アカネはそういうと通話を切った。




「全く。随分とユズハに入れ込んだもんだね。みんな俺に嫌われ役ばかり押し付けやがるね。アカネ。あとは頼んだよ。」


 途切れた電話にケイスは一人呟くのだった。

 そんな、ケイスの思惑にアカネが気付くことになるのはしばらく後のことである。




 アカネは当てが外れたこともあり、次の人物に連絡を取る。

 先日、有原という男とユズハが話していたことを思い出したアカネは栗原に連絡を取った。

 このタイミングで有原が無関係であるとは思えなかったのだ。

 清水准尉ではなく栗原に連絡を取ったのは清水准尉が全くの無関係であると今の段階では言い切れないからであった。栗原ならばアカネの不利益になるような行動は慎むと考えてである。


「もしもし‥誰ですか‥私は今日非番のはずですが‥」


 どうやら寝起きだったようで今だ意識がはっきりとしていない栗原が電話に出た。


「起こして悪い。アカネだ。緊急事態かも知れないんだ。助けてくれ。」


 まさかの人物からの電話に栗原は大慌てで飛び起きる。


「ぁぁぁあ、アカネ!?ちょっと待ってください心の準備が。」

「悪いが、かなり急ぎなんだ。用件を言うぞ。」


 栗原は深呼吸をして心を落ち着かせる。アカネの声色からよほどの緊急事態なのだと悟ったのだ。


「どうぞ。」

「栗原は有原2佐を知っているか?知っていれば会わせてほしい。有原2佐に聞きたいことがあるんだ。」

「有原2佐ですか。私とは所属が違うので直接は連絡がつかないですね。三島さんなら知ってると思いますけど。」

「そうか。じゃあ悪いが三島さんに取り次いでくれないか?実は‥」


 アカネが事情を説明しようとしたところで電話越しに爆音が鳴り響いた。


「アカネ!?どうしました!?大丈夫ですか!?」

「邪魔が入った!後で詳細は話す。今は三島さんに連絡を取ってくれ!」


 ブチっと強引に通話は途切れた。栗原はアカネの安否を心配するが、それは一瞬のこと。アカネに何かあればそれは自分ではどうする事も出来ない様な事件なのだ。

 それよりも自分の頼まれたことを遂行するため三島に連絡を取った。




 アカネは栗原との通話を切った後爆音の正体と相対していた。ユズハの部屋から電話をかけていたアカネの目の前に壁を打ち破り二人の男が入ってきたのだ。部屋は壁の瓦礫で悲惨な状態になっていた。


「電話中えらいすんまへんな。そやけど、ここにおるんわ女の子や聞いてたんですけど。どちらさんですか?」

「アニキ。こいつがアレちゃう?あの方と一緒におる言うてたヤツちゃうの?」


 アニキと呼ばれた男は身長は180センチほどで金髪をオールバックにしサングラスにアロハシャツ。相方は170センチそこそこで、ウェーブのかかった茶髪をセンター分けにしておりホストのような風貌で街中で出会ったらまず間違いなく道を譲る様な二人組だった。


「ノックにしては随分激しいな。マナーがなってないんじゃないか。」

「いやー。ウチらに来た注文がこの部屋の破壊も入ってたんですわ。出来るだけ荒らして女の子を連れてこいってもんでね。一石二鳥でっしゃろ。」

「そんなに内容を話しても良いのか?口の軽いヤツは嫌われるぞ。」

「ええねんええねん。死人に口無しやからな。死ぬ前にいっぱい喋っどった方がお得やろ?」


 その口ぶりからは仕事に対する自信が伺える。アカネは目の前の男に対する評価を上げた。ここまで態度を変えずにそう言えるほどに経験を積んでいると。平和になったこの世界で経験を積む事は容易いことではないのだ。


「まぁそれにや。万が一俺があんさんに負けた時、今情報喋っとったら下手に拷問なんかかけへんと気持ちよう死なしてくれるやろうしな。」

「アニキが負けるなんてありえへんけどな!」

「意外と考えてるもんだな。」

「人は見かけによらんやろ?ほな、楽しい時間もここまでや。悪いけどここにおった嬢ちゃんの居場所教えてもらおか。随分と肝の座ったにいちゃんやから殺したないけどこっちも仕事なもんでな。」


 そういうと男は一気に戦闘態勢に入った。先ほどまでのヘラヘラとした顔からは感情が消えたように冷たい表情になる。


 それが開戦の合図だった。



 −−−−−−−−−−−



 目の前の男の顔が能面のように無表情になり俺は警戒度をさらに上げた。一瞬消えたかと錯覚するほどに高速で距離を詰められ側頭部に蹴りが飛んでくる。


 しかしその蹴りが俺にヒットする事はなかった。


「危ないなぁ。にいちゃんめちゃくちゃ実力隠してたやん。ハル。本気で行かんと俺らが死んでまうで。」


 内心俺は舌打する。蹴りに合わせてカウンター気味に刀を合わせて足を吹っ飛ばすつもりだったのだ。寸前でチンピラが足を引いたのには驚いた。


「やるじゃねえか。右足もらうつもりだったんだがな。」

「危ないわぁ。流石に実力隠しすぎやで。詐欺にも程があるわ。こら報酬上げてもらわんと割りに合わんで。」


 チンピラが軽口を叩いている間に今まで黙っていたホスト君から風魔法が飛んでくる。魔法障壁で防ぐとホスト君から舌打ちが飛んでくる。


「全く油断の隙もねぇなぁ。」

「アニキに馴れ馴れしい口聞くんじゃねぇよ!」


 俺はホスト君へ突撃して居合切りをお見舞いする。今回は峰打ちなんて言ってられない状況なので全力で振るう。


 ガキンと鉄と鉄のぶつかり合うと、俺の一撃はホスト君と俺の間に割り込んだチンピラの盾によって防がれていた。


「バックラーと片手剣って随分と堅実的な武器使うじゃねぇか。」

「意外と俺は堅実な性格なもんでね!」


 この二人の戦術は前衛のチンピラと後衛のホスト君というオーソドックスなものだった。しかしその練度には感心の一言だ。二対一という構図ながらも無闇に突っ込んでこずにチマチマとこちらの魔法障壁を削ってくるのだ。




 しばらく削り合いが続き部屋は既にボロボロで激しい戦闘の後が見て取れる。


「ラチがあかねぇなぁ。」

「諦めてくれてええんやで。」

「言ってろ。」


 チンピラにも目に見えて疲労が見えてきた。仮にも俺の剣撃を防ぎ続けているのだ。精神的にもすり減ってきているのだろう。

 そろそろ頃合いかと俺は刀を鞘に納め構えを変える。


「悪いがそろそろ終わりにさせてもらうぞ。」


 俺がそう言うと二人の表情に緊張が走る。こういった雰囲気の変化に敏感なのは魔術師として大事な要素を持っているという事なのだ。そこは素直に尊敬しよう。


「陽炎。」


 無防備にふらふらと揺れながら相手に近寄る。崩しや仕掛けも無くただ呆然と前へ歩く。

 無防備な俺に向かってチンピラは痺れを切らしたのか上段から剣を振るった。何かあると分かっていてもこの隙を逃すわけにはいかないのだろう。

 陽炎という技の真骨頂はこのふらふらと揺れる歩法にある。あえて無防備に振る舞う事で相手の大振りを誘うのだ。

 経験が多ければ多いほど、この隙を見逃すことができない。

 紙一重で剣を避けながらチンピラの横を通り抜ける。


「待ちやがれ!」


 チンピラは俺が後衛を狙ったのに気づき無理な体勢から剣を振るう。


「かかったな!」


 俺は反転しチンピラのガラ空きになった腹部を斬りつけた。

 この二人のコンビネーションは厄介だったが、斬り合っているうちにチンピラは後衛の防御に意識が強いことに気づいた。それを逆手に取りチンピラから始末することに決めたのだ。


「強すぎやで‥」


 チンピラは腹部を押さえながら倒れ込んだ。


「悪いが峰打ちに出来るほど余裕がなかったんでね。」

「褒め言葉やと思っとくわ。」


 チンピラがやられた事でホスト君が無謀にも襲いかかってくるかと思ったが、真っ先にチンピラに駆け寄り傷口を押さえている。


「アニキ!大丈夫ですか。」

「アホ。俺を誰やと思ってんねん。」


 感動的な場面なのだろうが、俺にも事情がある。知っていることを話してもらわないとな。

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