第12話
「日本は最低だ。梅雨があるからな。」
「それだけの理由で日本が最低であると決め付けるのは寡聞であると思いますが‥梅雨が最低なのは否めませんね。」
アカネは今、清水准尉と昼食を取っている。アカネが日本に帰国してから二ヶ月ほどが経過しており、今は梅雨真っ只中。外ではシトシトと雨が降っている。
「それで、ただ雑談をする為に私を呼び出したわけでは無いのでしょう?」
「まぁな。それでも会話を温めるのに雑談は必要だろ?」
「一般的にはそうでしょうが今は必要だとは思いませんね。」
「すぐに本題に入ろうとするのは職業病か何かか?」
「いえ、どちらかと言えば性分でしょうね。」
清水准尉はなんだかんだ言いながらも結局はアカネの雑談に付き合いながら昼食を進める。別に清水自身も雑談が嫌いとか、話すことが億劫であるとかいう人物では無いのでアカネの返答に焦れる事はない。
昼食の手を止める事なくアカネは本題に入った。
「今回呼び出したのはダンジョンについてだ。そろそろダンジョン実習が始まるんだろ?実際のところ攻略度はどれぐらいなんだ?」
アカネの質問に清水准尉は口をつぐむ。
日本のダンジョンは世界中にあるダンジョンとは深さが違う。
世界標準だと五層ほどで、深いところでも十層ほどしか無い。
それに比べて日本のダンジョンは未だにダンジョンの全容が明かされていないのだ。以前アカネがニュースを見た時には十九層に到達したと報じられていたのだ。
「ここから先は機密情報になります。公式には未だ十九層で足踏みしている事になっていますが我々が潜ったところ三十層目まで確認しました。しかしながら‥」
清水准尉はそこで言葉を濁す。
「壊滅か。」
「ええ。おそらくは。三十層に到達したと同時に連絡が途絶えました。」
「特戦で無理となると中々に厳しいな。」
「そうですけど、前回の部隊は特戦の中でも強硬派と言いますか、三島1佐と敵対している派閥でしたのでイマイチ実力がわからないんです。」
清水准尉は「私の知り合いも居ませんでしたし。」と付け加える。
アカネはここでも5年という時の流れを感じた。アカネのいた頃の特戦は、魔導部隊の創設がされたばかりだったので三島1佐の元結束していた。そのため三島1佐の管轄外で起こる事象などなかったからである。
「派閥なんかできたんだな。知らなかったよ。」
「今じゃ特戦の正確な部隊員が何人いるかもわかりませんよ。私も結局は一部隊員なので上の考えてる事は分かりません。」
「それでもある程度は掴んでるんだろ?」
「ええ。まぁそれなりには。」
そう言って清水准尉はこれ以上は話さないという態度で食事を再開する。アカネも聴きたかった事は聞けたし藪を突いて蛇が出ても仕方ないのでそれ以上の追求はしなかった。
その後二人は黙々と食事を続け、配膳トレーを返却し食堂を出た。
「それでは。」と清水准尉が頭を下げて立ち去ろうとするがふと何かを思い出した様にアカネに聞いた。
「そう言えばユズハさんって上層部に知り合いが居るんですかね?」
「いや、そこまで深くは知らないがいないと思うぞ。何でだ?」
「いえ、この前有原2佐と立ち話をしていたので知り合いだったのかなと。まぁでも有原2佐なのですれ違った時にナンパでもしていたんでしょう。」
「気にしないでください。」そう言って清水准尉は立ち去った。
アカネは有原という名前に心当たりは無かったので、どこか少しシコリを残しながらその場を立ち去った。
−−−−−−−−−−−
「おい!下がれ!アイツらはもう助からん!」
土砂降りの雨の中、ヘリコプターから飛び出そうとする俺を隊員たちが必死で止めている。
「離せ!アリサが!タマキもクドウもまだ居るんだぞ!」
あぁ。この時の俺は無力だ。仲間を助けることも−−−大切な人を守ることすら出来ない。
「アイツらはそれを承知で残っているんだ!」
その言葉を聞き俺は更に仲間の手を振り解こうとする。
「お前ら離せよ!それで良いのかよ!仲間の死体の上に生き残って幸せかよ!」
俺が喚き散らしていると、静観していた三島さんが立ち上がり俺を思いっきりぶん殴った。
俺はその衝撃で吹き飛ばされ、ヘリのシートにぶつかる。
「今のうちに縛っておきなさい。」
三島さんの目はひどく悲しげだった。でも、この時の俺は三島さんの気持ちなんて分からなかったんだよな。
「三島さん!なんで!どう考えてもおかしいでしょう!?こんな作戦間違ってる!」
「‥‥出発します」
三島さんは操縦士に淡々とそう告げると俺の向かい側のシートにもたれかかった。
「アカネ。良いですか。よく聞きなさい。私たちが立っている場所は最初から死体の上にあります。そして、いつ私たちがその足場になるかは分かりません。早いか遅いかただそれだけでしょう。アリサたちは早かった。それだけの事です」
俺はその言葉に更に激怒する。食いしばった歯からは血が滴り、三島さんを射殺さんとばかりに睨みつけている。
そんな俺に三島さんは言葉を続ける。
「だからこそ私たちは少しでも‥少しでも長く、彼女らがいる死体の上に立ち続けなければなりません。今は分からなくてもいつか分かってくれると信じています。だから今は眠りなさい」
そう言いきると三島さんは俺に睡眠の魔術をかける。
「嫌な夢見ちまったな」
目覚めた俺は体が汗でびしょ濡れな事に気がついた。
まぁ、あの時を思い出せば仕方ないか。
ふと外を見れば昼とは違い土砂降りの雨だった。
「この時期はやっぱり最低だな。」
ベットから起き上がり窓を開ける。昼は蒸し暑かったが、ここまで雨が降れば外からはひんやりとした風が入ってくる。
汗ばんでいる俺にはこの風が気持ちいいくらいだ。
「何も起きないでくれたらいいんだけどな」
俺はそう言いながらタバコに火をつけるのだった。
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