第11話

「柚葉ー。悪かったって。」

「いえいえ。朱音さんに謝られる様な事は何も起きてないんで。別にお二人で再開を喜び合っているところに水をさす様な真似は出来ませんからね!」


 ユズハは勤めて笑顔で答えるのだが、その笑顔には圧がある。アカネは後でまたユズハのご機嫌をとるプランを考えないといけないなと諦めるのだった。


「それで、そろそろアリアさんについて説明してもらえますか?また随分と親しげでしたけど、アカネさんはもしかして街の美人全員顔馴染みなんですかね?」

「アリアはさっき言ってた俺の行きつけの武器屋の店主だよ。秋葉に行った時潰れてたって言ったろ?だから余計に驚いただけで、あんまり怒んなよ。」


「怒ってませんよ。」とニコリと笑いながらユズハが答えるが、笑顔と裏腹にその背中には修羅が見える。


「あー。あそこに行ったのか。防壁が出来てからこっちに移転したんだよ。こっちの方が客が多いからな。今じゃ客のほとんどはDW《ダンジョンワーカー》だよ。栗ちゃんとかは今も来るけどな。今じゃ私の店を知ってる特戦も随分とすくないんじゃないか?」

「栗原には自分の武器は信頼できるところに整備させろって嫌ってほど言ったからな。」

「あれ?でも先ほどのDWの方たちは追い返してませんでしたか?」

「ああ。お嬢さん俺の武器があんな素人に扱われるのは辛抱ならんのさ。」


 ユズハは「これが職人気質ってやつですね!」と、感心した様子だが実際のところ顧客が増えすぎても面倒なのでめんどくさそうな客を相手にしないだけなのである。


「それはそうと早く武器だしな。整備だろ?」

「ああ。また頼めるか?」


「あったりまえだろ!」とアリアは快活に笑った。

 アカネの武器は三つで、銃が二丁に刀が一本である。銃はハンドガンでベレッタを愛用していた。

 アカネが武器を召喚しカウンターの上に置くとアリアはすぐに血相を変えてあかねの武器を取り上げた


「おいなんだこれ!ろくに手入れしてなかっただろ!全く。暫く待ってろ!」


 そういうとアリアは店のバックヤードに消えて行った。


「また随分と直情的な方ですね。」

「そこが良いんだよ。仕事に誠実だからな。信用できる。」

「美人ですしね。」

「やっぱり怒ってるんじゃねぇか。」


 アカネはそのあとも暫くユズハのご機嫌を伺い、最終的に今日の晩ご飯を奢る事で決着した。


「待たせちまったか?嬢ちゃんの機嫌が随分良くなったみたいだが。」

「何でもねぇよ。それより武器を。」


「あぁ。」とアリアは一言言うとアカネに武器を手渡した。


「どうだ。俺の腕も鈍っちゃいないだろ?」

「元から心配してねえよ。」


 そう言ってアカネは刀を鞘から抜き、刀身を確認する。刃は研ぎ直され輝きを取り戻していた。

 ユズハはアカネの武器を羨ましそうに見つめながら自分の財布の中身を確認してため息をついた。

 アカネの持つ武器はどれも武器としてだけでなく触媒としても機能する様に魔術刻印が刻まれている最高級の武器なのだ。


「良いですね。羨ましいです。まぁ私にはそのレベルの武器は使いこなせないのですけどね。」

「嬢ちゃんは自分の力量がしっかりとわかってるみたいだな。武器はただ質が良けりゃそれで良いわけじゃない。使い手のレベルにあった武器を使わねえと意味がねえ。それが分かってるだけ嬢ちゃんはマシってもんだね。」


 そう言ってアリアは何やらカウンターの下から布に包まれたものを取り出す。


「そんな嬢ちゃんにはコレをやろう。古いモンだがまだまだ現役だ。」


 ユズハが布をめくるとそこには一本のナイフがあった。言われた通りかなり年季の入ったナイフなのだが、刀身だけは新品同様にきらめいている。

 そのナイフを見てユズハは感謝を述べようとするがそれよりも早くアカネが反応した。


「アリア。そのナイフ手放す気になったのか。」

「あぁ。このナイフだって使われないままじゃ報われねえだろ。」

「何か特別な物なんですか?それだったら頂けませんよ。」

「コレはアリアの師匠が最後に作ったナイフなんだ。アリアは形見として一向に手放そうとしなかったんだが‥」

「良いんだよ。師匠も使われないより使われた方が嬉しいだろうしな。コレはユズハに使ってもらいたいんだ。」


 そう言って半ば押し付けられる様にユズハはナイフを受け取った。


「ありがとうございます!大切に使わせてもらいます!」

「おう!整備に出すならウチに来いよな!再開を祝して‥といつもならやるんだが直近の仕事が入ってるからよ、また顔出してくれや。」

「そんな忙しい時に悪かったな。」

「馬鹿野郎。俺がしたくねぇ仕事するかよ。」


 アカネは最後に「確かにな。」と言って笑うとエレベーターの方へと向かっていった。

 ユズハもそれに追従しエレベーターへ向かう。二人はそのまま店を後にして家への帰路へ着いた。






「もう飲めらせん。」

「だからあんまり飲みすぎんなって言ったろ。」


 二人はその後約束通り外食して帰ることにしたのだが、またしてもユズハはベロベロに酔い潰れてしまったのだ。

 今はアカネの背に揺られながらユズハは気持ちよさそうに寝息を立てている。


「帰ったら水飲めよ。全く何度目だよ。」

「すいらせーん。お冷やくださーい。」


 アカネは諦める様に首を振りサッサと家に帰ることを心に決め、走り出した。

 強化魔法を使い、常人の3、4倍ほどのスピードで駆け抜けていく。わざわざ認識阻害の魔法も使い一般人からはアカネの姿が認識できない様にする。


(久しぶりに走ったが、運動しねえとな。体が鈍ってしかたねえや。)


 アカネはとりあえず自分の部屋に上がりユズハをベッドに寝かせコップ一杯の水を無理やりユズハに飲ませる。


「こぼすなよー。これ飲んどかないと明日がしんどいぞ。」

「もう一杯‥」


 ゴクゴクと飲み干したユズハは寝言なのか寝言じゃないのかわからない言葉を発する。アカネはしかたなくもう一杯水を汲んでやりユズハに飲ませる。

 すると時折しかめっ面になっていたユズハの顔は穏やかになり完全に熟睡してしまった。


 ユズハの部屋に放り込むかとも考えたが、ユズハがどこに鍵を直しているのか知らないのでそれも諦め立ち上がる。

 が出来たのだ。


「んんん。どこか行くんですか。」

「ちょっとにな。」


 ユズハの頭をひと撫でしアカネは外に出る。

 あえて無防備に、自然に見える様にコンビニに向かって歩く。


 その後ろからは数人の影が迫っていた。



 −−−−−−−


 4人か。わざわざ気配まで殺してご丁寧なことだな。

 家には結界も張ってきたしこいつらの力量じゃユズハに危害が加わることはなさそうだな。


「なぁ、にぃちゃん顔貸してもらおうか。」


 突然声をかけられたかの様に大袈裟に驚きながら俺は振り返った。声をかけてきたのはどうやら昼間アリアのところでゴネていた男たちの様だった。男の顔なんてわざわざ覚えちゃいないけど。


「昼間の方々じゃないか。こんな夜中にどんなご用件で?」


 男たちは俺をぐるりと囲む様に四方に散らばると下卑た笑みを浮かべる。


「なに、ちょっと相談があるだけなんだよ。にぃちゃんがあそこで武器を整備してるって話が聞こえてきてよ、俺たちに武器を売る様頼んでほしいんだわ。」

「無理だな。おれが頼んだところでアリアは受けねえよ。」

「悪いけどにぃちゃんにはイエスしか選択肢ねえんだわ。おい。やれ。」


 先ほどまで穏やかに話していたリーダー格の男が部下に命令を下す。俺は笑みがこぼれないように耐えるのに必死だった。


「何で、お前らに武器が売られねえか教えてやるよ。」


 俺は刀を召喚する。こういった市街地での戦闘の時は音の出ない武器で戦わないと後々面倒になる。

 この空間だけ隔離して音を外に出さないようにしても良いのだが、せっかくアリアが整備してくれたので試し斬りもしたかったところだ。


 三方から一斉に男たちが飛びかかってくる。リーダー格の男だけは動かずにニヤニヤとしながら俺の方を見ている。今からのその顔を歪ませてやるよ。


 囲まれて、同時に襲い掛かられた時後ろ側から襲いかかる奴は相対している奴よりも緊張感が下がっている場合が多い。まず自分に攻撃が来ることを予測していない。

 俺は真後ろにステップバックし、鞘で下腹部を突き刺した。確かな手応えを感じると、骨の折れる音と吐瀉物が撒き散らされる。

 続け様に鞘から刀を抜き居合切りの要領で逆袈裟に右側から襲いかかってきた男を切る。もちろん峰打ちにはしているが魔法で強化した鉄で殴るのだ。ただでは済むまい。


 最後に残った男は一瞬でやられた仲間たちを見て腰が弾けてしまったのか最後まで突っ込んでこず途中ですっ転んでしまっていた。その男の顔をよく見ればどうやら昼間に俺に絡んできた男だった。


「よう。覚えてるか?」


 そう言って笑う俺の顔はさぞ醜悪だっただろう。コレであいつは俺の顔を忘れられなくなったことだろう。

 下から俺のことを見上げる男の顔を思いっきり踏みつける。

 コレで残るは最初の男だけだ。


 一瞬の出来事に男は状況が理解できないようで武器も構えず呆然としていた。


「お前たちがこの程度の実力しかねえから武器が買えないんだよ。」

「ふざけんじゃねぇ!何しやがった!トリックだろ!」

「トリックだ?そうだとしてもだからなんだ?見破れねえ方が悪いのさ。そもそも俺がお前ら如きの追跡に気づかない訳がねぇだろ?外で聞き耳立ててたのも知らないと思うか?お前達そもそも喧嘩を売る相手を間違えたのさ。」


 俺がひと睨みすると男の肩がびくりと跳ね上がる。自分たちが追い詰められるところを想像すらしなかったんだろう。追い込まれてからの動きが硬すぎる。明らかに訓練不足だ。


「すまなかった。俺たちが悪かった。もうお前に関わらないと誓う。だからもう許してくれ。」


 俺がこいつらの戦闘について考えているとリーダーの男が命乞いをしてきた。

 しかしどうするか。後始末のことも考えると殺すのは面倒だが、こいつらが簡単に心を入れ替えるとも思えねえしな。

 そして俺は一つの名案を思いつきある人物に連絡した。


「人はそんな簡単に変われねえよ。悪い奴は最後まで悪い。良いやつに見えて悪いやつってのは最初から悪いのさ。だからと言ってここで殺すってのもされた害に対して釣り合わねえからお前らには教育を施す事にした。」


 男は震えたまま情けない顔で俺を見上げる。

 そしてすぐに連絡した人物が登場する。どこからともなく降ってきたそいつは目の前のリーダーの男の上に着地する。


「アカネ!来ましたよ!アカネが私に頼み事なんて、しかもこんな時間に‥なんでも言ってください!心の準備は5年前から出来ていますよ!」


 栗原はなぜか無駄に高いテンションで現れた。俺はこいつらを栗原達に預けて教育してもらう事にしたのだ。何か罰を考えた時特戦の訓練が思い当たったのだ。DWという事は闘気は使えるだろうし、問題ないだろうと考えたのだ。


 そのことを栗原に伝えると栗原は露骨に嫌な顔をした。


「そんなに嫌だったか?」


 俺が尋ねると栗原は大きく息を吸い込み、ぐっと貯める。


「あ。」

「あ?」

「アカネのばかーーーーー!!」


 栗原はそう叫ぶと恨み言を吐きながら男四人を抱えて飛び去っていった。


 栗原には悪いことをしたとは思ってるが、実際栗原にそう言った気持ちを抱くことが出来ない。

 関係を持ってしまった時に今の関係が崩れるのが怖いって方が当たってるかもしれないな。


 俺は一人取り残された公園でタバコに火をつけながら帰路に着く。温い夜風がほおを撫でるのを感じ、もう直ぐ俺の嫌いな梅雨が来るのだと陰鬱な気分になった。

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