第9話
午後の講義はアカネの予想通り触媒選びだった。
魔術師は基本的に触媒を介して魔法を行使する。昔は杖がよく用いられていたが、現代では指輪やブレスレットなどが一般的である。昔ながらの伝統を重んじる伝統派なんかは、杖を使うのだがごく少数である。
「魔法使いなんだから杖かと思ってたけど、随分と進歩してるんだねー。」
アカネとユズハは午後からの授業をトーヤと一緒に受けていた。トーヤは初めて知る現代の魔術師に興奮気味の様子である。周りの他の生徒も同じように感嘆の声をあげていた。
「それでは皆さん。こちらに一般的に魔術媒体となっている物を用意致しましたので、自分の魔力が一番通りやすい物を選んでください。」
そう言って清水は目の前にある様々な種類の触媒を指し示した。
「中には、銃など危険なものも有るので触る時には注意するように。また危険物を触媒にされる方は防壁外での所持は禁止されていますので、大学から出る際にこちらで預からせていただきます。なので教務課で危険物に関する書類を提出して下さい。」
清水の言葉の後生徒たちは教壇に向かい一つ一つ触媒を触っていく。アカネとユズハ既に触媒を複数所持している為、わざわざ確認する必要はないのだが一緒に講義を受けるトーヤが向かったので同じように確認している。
「男の子なら、一度は銃に憧れるけどいざ本物を目の前にすると怖いもんだね。」
「確かにこんな小さなものが簡単に人を殺すと考えると怖いな。」
アカネは本心でそう答えると他の触媒を触っていく。触媒にも質があり、粗悪なものだとうまく魔術を行使出来ない。流石に国の運営する学校でありここにあるものは中々に良質なものが多いとアカネは感心した。
そんな事を考えていると後ろからユズハが耳打ちする。
「アカネさんここは一旦私たちも触媒を一つ選んだ方が良いですね。何も選ばないと周りの生徒から不審がられますよ。」
「確かにそうだな。適当に選んで後で清水准尉に相談するか。」
「そうですね。」
「ん?二人ともどうかしたのかい?」
「いや、何でもねぇよ。トーヤはどれにするか決めたのか?」
アカネは自然な形でトーヤの話を逸らした。トーヤもわざわざ深くは聞かず自らの触媒に頭を悩ます。
「そーだねー。ブレスレットと指輪が通りが良かった気がするんだよねー。どちらにするか迷ってるところかな。」
「両方にすれば良いじゃないか。清水准尉も一つに選べとは言ってないわけだしな。」
「確かにそうだけど、周りのみんなも一つに絞ってるみたいだし二つも選んで良いのかな。」
「良いんじゃないか?周りが一つだからって自分もそうしなくちゃいけないわけじゃないだろ?」
アカネはあっけらかんとそう言い放つ。トーヤは「確かにそうだね。」と苦笑いしながら答えた。
「アカネ君は結構ずる賢いね。」
「ズルは余計だ。」
こうして軽口を叩けるくらいには二人は打ち解けていた。出会ったばかりの人間とも気安く接し合えるのはアカネの特技の一つとも言える。
「アカネ君とユズハさんはどれにするだい?」
「私は指輪ですね。」
「俺もそうだな。」
二人はとりあえず一番無難な指輪を選択した。指輪は魔術師達の間で最もオーソドックスな魔術媒体である。体の動きを阻害しない上、一般人を装う時にも非常に便利なのだ。
魔術媒体選びが終わるとそのまま次の講義が始まった。全員に魔術媒体が支給され、各々つけ心地を確かめている。
午後の二コマ目の講義は実技らしく、体育館へ移動となった。体育館では他のクラスの生徒もおりクラスごとに固まって講義を受けている。
「他のクラスも始めているようですので、私達も早速ではありますが始めます。今から教えるのは魔術師が覚える魔法の中で唯一属性関係なく全員が使える魔術です。この魔術は基礎であり最も使用頻度の高い魔術なので今日覚えてください。」
魔術師の歴史は戦争の歴史である。
時に魔術師は1万の兵士よりも価値のある存在として扱われてきた。一般人とは隔絶した個の力を持つ魔術師は戦争に駆り出され続けた。それを生業とする組織は今も脈々と続いている。
しかし、争いが終われば魔術師と言うのは恐怖の象徴でしか無くなった。統治者からすれば自らの存在を脅かす危険分子となり、民衆からすれば異端の存在なのである。
その為魔術師達は自達の存在を闇に落とし、国を陰から支える存在に転身していった。
表立った戦争が減り、魔術師の存在が秘匿された時代になった事で魔術師達のスタイルも変わっていったのだ。今では武器を携帯することも難しくなり魔術師達は自らの武器を亜空間に隠し戦闘時に召喚する様になったのだ。
「まずは自分専用の亜空間を作ります。何もない部屋をイメージしてください。その部屋に魔力で形を与えてあげて下さい。魔力を知覚した今なら簡単に出来るはずです。出来たと感じた方から今から渡す小石を収納して下さい。収納できたらまた取り出すのを繰り返して感覚を覚えましょう。出来た方から今日は帰って良いです。それではみなさんどうぞ。」
生徒たちは小石を受け取り思い思いの体勢で訓練を始めた。すると直ぐにトーヤの手から小石が消えた。
「え、出来た?」
「凄いですね。ここまで早く出来る方は非常に稀です。若槻さんは才能がお有りの様ですね。」
周りからも感嘆の声が上がる。アカネも素直にトーヤに感心した。トーヤ自身は恥ずかしいがっているのだが、褒められて悪い気はしていない様子だ。
「トーヤは凄いな。俺はまだまだかかりそうだ。」
「いや、運が良かったのさ。」
トーヤが召喚魔術に成功したあとポツポツと成功する生徒が現れ始め、今の体育館には初めの半分ほどの生徒しか残っていない。
「そろそろ僕も帰ることにするよ。二人の成功を見届けたかったけどこのあと用事があるから。」
「ごめんね。」と両手を合わせて謝罪するトーヤにアカネは少しばかり罪悪感を感じたが、本当のことを教えるわけにもいかないので「ありがとうな。」とだけ返しトーヤを見送った。
「わざわざ残ってくれるなんて良い人ですよね。」
「どうした?トーヤに惚れたか?」
「直ぐ恋愛に関連付けるのおじさんくさいですよ。」
「耳が痛えや。」
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