第7話

 アカネとユズハは教師に呼ばれ職員室へとやって来た。職員室の中には十数人の教師がおり、談話していた。


「こちらへどうぞ。」


 そう言って二人は職員室の奥にある、生徒指導室と書かれた教室へと案内された。


「座って下さい。」

「失礼します。」

「それでは早速ですが、何故遅れたのか理由を説明してください。」


 そう言って教師は机をトントンと指で叩きながら聞いて来た。その姿には苛立ちが見える。

 そんな様子にユズハは緊張しながらも答えた。


「実は、海外から帰って来たばかりで日付を1日勘違いしておりまして。今日が入学式だと思っていたんです。」

「入学式だったとしても遅刻ですけどまぁいいでしょう。理由はわかりました。」


 そう言うと教師はため息を吐き話を続けた。


「良いですか?ここは形式上とは言え防衛大学です。遊びの場では有りません。海外から帰国したばかりでも、入学書類は事前に受け取っていたでしょう?確認不足です。そこは反省して下さい。」


 実際にはその書類に不備があったのだが、情報屋の話をするわけにもいかずアカネとユズハはグッと言葉を飲み込む。


「アカネさん。貴方もですよ。先ほどから話を聞いているんですか。返事をしなさい。」


 アカネの態度が気に障ったのだろう。それもそのはず、先ほどから受け答えは全てユズハが行なっているのだ。


「ちゃんと聞いてますよ。」

「返事は、はいです。貴方たちは今日から一応とは言え軍属なのです。返事はしっかりしなさい。」

「はい。」

「ただでさえ世間の冒険者に対するイメージは悪いのです。ここを卒業すれば冒険者になるのでしょう?少しでもそう言ったイメージを払拭する人物になっていただきたいものです。」

「いや、先生。俺は冒険者には‥」

「清水准尉です。」

「え?」

「貴方たちが来たときには自己紹介を終えていたので名前を知らないでしょう?それに先生などと呼ばれるのはむず痒いのです。」

「分かりました。清水准尉。」

「よろしい。それで、アカネさんは冒険者になる気は無さそうな口ぶりでしたが、それでも社会に出るのであれば最低限の礼儀は必要でしょう?」


 アカネは押し黙る。常識的には清水准尉の言っている言葉は事実なのだがその外にいるアカネはなんと答えたものか悩んでしまう。


 そしてその隣のユズハは気が気ではなかった。昨日アカネと打ち解けたとは言えまだまだ浅い仲であり、どこにアカネの地雷が潜んでいるのか測りかねているのだ。


(清水准尉!ちょっと!その通りですけど!相手は超一級魔術師なんですよ!)


 なんて言えるわけもないことを心の中で叫ぶ。


 そんな時だった。隣の職員室が騒がしくなったかと思うと指導室の扉が乱暴に蹴り破られたのだ。

 とっさにユズハは腰の愛銃に手をかけ振り返る。そこにいたのは長身の美女が立っていた。スラリと伸びた長い足を強調するようなタイトな革ズボンに、Tシャツ。その上に真っ赤でド派手な革ジャンを羽織っていた。


 突然の登場に清水准尉は勿論のことアカネすらも呆然としていた。


 その女性はボソリと何かを呟くと目にも止まらぬ速さでユズハを通り過ぎ隣に座るアカネを

 そのまま倒れたアカネの上に乗り組み伏せる。

 ユズハは自分の後ろでアカネの上に馬乗りになった女に銃口を向けるがアカネはそれを手で制した。


 誰よりも早く口を開いたのは清水准尉だった。


「栗原先輩!何をしているんですか!」


 清水准尉は立ち上がりそう叫んだ。

 その言葉に対する返答はなく栗原と呼ばれた女は突然アカネに抱きついた。

 そしてそのままワンワンと泣き始めたのだ。大の大人が泣き喚く姿に誰もアクションを起こすことができなかった。





 暫くの間泣き続けていた栗原が泣き止むのを待ち、ユズハと清水の二人がかりでなんとか引き剥がすとソファーに座らせた。


「とりあえず説明してもらっても良いですか?」


 ユズハはアカネに質問する。質問よりも詰問と言ったほうが正しいような口ぶりで、顔は笑顔だが額には青筋が立っている。


 アカネはどう説明したもんかとさらに頭を抱えるのだった。


 アカネは今まさに過去一番の苦境に立たされていた。中東のミサイル前線基地を超高高度からの空挺作戦よりも命の危機を感じている。


(参ったな。栗原に事情を説明するとなると、清水准尉も巻き込むことになるな。今ここで追い出して俺のこと嗅ぎ回られても面倒だしなぁ。)


 アカネは今、過去を知る女と今を知る女と何も知らない女に囲まれているわけだ。時間をかければかけるほど人は疑り深くなっていく。わざわざ『思考加速』を発動させ高速で結論を導き出した。


(清水准尉には悪いが巻き込まれてもらうか。栗原の後輩らしいし何とかなるだろ。多少の保険は掛けさせてもらうが。)


 アカネそう決め話し始めようとしたとき、それよりも早く栗原が口を開いた。


「何で、自分を置いて行ったんですか!」


 栗原は今も真っ赤な目に涙を溜めながらアカネを睨みつける。先程よりも声は小さいが、答えを聞くまで返さないと言う強い決意を感じられた。


「全部話すから落ち着け。あの時の事は、すまなかったと思ってる。」


 アカネが謝罪したことに対して驚愕の表情を浮かべる栗原だったが、そんなことに気がつかない清水准尉は自身が一番気になっている事について尋ねた。


「話を遮ってすまないが、栗原先輩とはどんな関係なんだ?ただならぬ仲の様だが、栗原先輩の知り合いとなるとアカネ君も隊員なのか?」


「そうだな。先ずは俺と栗原の関係から話そうか。因みにだが、清水准尉。ここでの話は多言を禁じる。」


 アカネは言葉に魔力を込め言霊に変える。それは束縛の魔法となり清水准尉に刻まれる。

 清水は自分のされた事に気がつき、言霊魔法使いとして自分が格下であると分らされ苦虫を噛み潰したような表情になる。


「不意打ちで悪かったな。それでも話さない様にするより話せなくする方が清水准尉にとっても都合が良いはずだ。なんせ清水准尉が所属している部隊に関わる話も出てくるからな。」


「書類上の経歴はわたしも知ってますけど、栗原なんて名前の人は出てきませんでしたよ?その割には親密な間柄の様ですけど。」


「そうだな。俺の元々いた部隊は書類には一切残っていない。ユズハのもらった資料にも俺の所属は特戦になってるだろ?特戦すらも偽装なんだよ。」


 ユズハは納得した様に首肯し話の続きを促した。


「栗原はその中で俺の小隊の隊員だった訳だ。」

「単なる部下と上司の間柄のようには見えませんけど。」

「それは、俺が昔別の任務で施設を潰した時に実験に使われてたところを助け出して面倒見てたからだ。」

「なるほど。」


 ユズハはアカネにしては珍しく濁した言い方をしたのを察してそれ以上深く聞くことをやめた。


「まぁ、それで4年ぐらい前か?俺の部隊で任務にあたってたときちょっとした面倒ごとに巻き込まれてな。軍隊って奴に嫌気を差して逃げた訳だ。」

「自分を置いて行った理由はまだ聞いてません。」


 アカネが話に区切りをつけようとした時、今まで素直に聞いていた栗原が口を開いた。


助けてくれるって、一緒に居てくれるって言ってたのに!」

「約束破っちまってすまなかった。俺が悪かった。それでも置いて行った事に後悔はない。三島1佐は信用できる奴だったし追われる身になるよりはマシだと考えた。身を隠してる時もお前らの活躍は聞いていたし、忘れてたわけじゃないんだ。」


 栗原の目からは涙がこぼれ落ちる。


「それでも、それでも私はアカネと居たかった。」


 栗原の言葉にアカネは答えることが出来なかった。それ程に4年4年と言う月日は長かったのだろう。

 清水もユズハもその空気の中新たな質問をする気にはなれなかった。


「分かりました。自分は捨てられたのかと思っていましたがそうじゃないことを聞けたので良しとします。アカネ、これが私の連絡先です。必ず連絡して下さい。」


 そういうと栗原は泣き腫れた顔のままアカネに紙切れを一枚渡すと立ち上がり部屋から出て行った。





 栗原が出て行った後、清水は職員会議があると言う事で解散となった。

 アカネとユズハは大学からの帰り道スーパーに寄り買い物をしてから家に帰った。


「今日は色々ありましたね。」

「随分と疲れたよ。大学が毎日これだったらたまらねぇな。」


 アカネの自虐的な物言いにユズハはクスリと笑う。


「大体はアカネさんが悪いですけどね。」

「栗原についてはそうだが、そもそもケイスが間違えてなけりゃ遅れなかったし指導室にも呼ばれる事はなかったさ。」

「いつ来るか分からないことが今日来ただけなのでアカネさんが悪いですね。」


 これ以上言っても自分の旗色が良くなる事はないと、アカネは降参するように両手をあげる。


「私は色んなアカネさんが見れたので楽しかったですけどね。」

「からかってるだろ。」


「さて、どうでしょう。」とユズハは微笑みながら答えた。

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