第6話

「安倍晴明って有名な?」

「そうじゃの。その嬢ちゃんの言う安倍晴明で間違いないはずじゃ。」



 ユズハは、理解が追いつかないのかへー。とかほー。とか感嘆符しか出てこない人形になってしまっている。


「まぁこのことを知っとるのは今世界で三人くらいじゃから嬢ちゃんもくれぐれも他言しないようにな。」


 シリウスは何でもないちょっとした秘密のように口元に人差し指を当てそういった。

 ユズハはそんな、国家機密以上の話を好きな人秘密にしててねぐらいのテンションで言われても困惑してしまうのだが、突っ込みたい気持ちをグッと我慢する。


「ほっほっほ。聞きたいことはたくさんあるじゃろうが、まずはクラスに顔を出しに行ったらどうじゃ?今日から授業が始まっておるからの。」

「「は?」」


 シリウスの一言にユズハとアカネの声が重なる。


「なんじゃ。知らんかったのか。今日から授業じゃよ。入学式は昨日じゃ。アカネのことじゃから、入学式なんぞめんどくさくて来てないだけかと思っておったぞ。」


 シリウスはいつの間にか元の好々爺に戻っておりほっほっほと笑い声を上げる。

 ユズハとアカネが呆然としていると、ユズハの端末にメールの通知音がした。慌ててユズハがその内容を確認すると大きなため息をついた。そしてそのまま画面をアカネに見せた。


「えっと。ケイスからか。なになに。時差のことを忘れていた?日付に誤り有りだって?いや。おせぇよ。」


 アカネもユズハと同じかそれ以上のため息を吐いた。


「どうやら原因も判明したようじゃの。お前たち姉弟の教科書は今日中に家に届けさせよう。」


「後話すことはあったかの」と独り言を言いながらシリウスは腕組をしながら考える。

 ユズハはケイスに怒りの返信を送っているようで顔がかなり怖いことになっており、アカネはそれを苦笑いしながら見つめた。


「あ、そうじゃそうじゃ。お前たちに一番大事なことをいうのを忘れとった。ここの生徒のほとんどは魔法を知らん。魔法適性のある者を集めただけじゃからの。中には元々魔法を使う者もいるようじゃが基本的には知らんと考えてくれ。魔法の講義が始まるまではむやみに魔法を使わんようにな。国から監査のために送り込まれた奴もいるようじゃしな。」

「わかった。ご忠告痛み入るぜ。じじい。」

「アカネが何のためにここに来たのかわからんが、お前の好きなように生きろ。ワシはできるだけお前のサポートをするからの。」

「おいおい。耄碌したんじゃねえだろうな。そんなやつだったか?」

「ほっほっほ。まったくいつまでたっても口の減らんクソガキじゃの。」


 アカネは最後のやりとりに満足したように笑みを浮かべた。

 立ち上がると「じゃあな。」と一言だけ言うとユズハを立ち上がらせ、部屋を後にした。

 慌てて追従するユズハは部屋を出るときにシリウスにペコリとお辞儀をしてアカネの後をおった。


 −−−−−−−−−−


 シリウスは一人残された部屋で天井を見つめる。そして先程までのアカネとのやり取りを思い出し笑う。

 この五年間、アカネの動向はある程度知っていた。しかし人との関わりがこんなにも人格を変えるのかと、まだまだ世界には自分の及びも付かないものがあるのだと。

 シリウスは何もない空間に手を伸ばし次元の裂け目を作るとそこから一枚のファイルを取り出した。

 その中に収められているのは、アカネと関わりのある人物たちの履歴書だ。どこから手に入れたのかは分からないが一人一人の経歴が事細かに記されている。

 一番最後の紙を取り出すとシリウスはニヒルな笑みを浮かべると、ファイルをまた次元の裂け目に戻した。


「藤堂柚葉。アカネめ。また面白い人物と関わりを持ったじゃねえか。つまらん学長生活かと思ったがたのしくなりそうだな。」


 シリウスの大きな笑い声はその部屋から漏れることはなかった。



 −−−−−−−−−−



「−−−−と、なっています。」


 アカネとユズハが教室の前に到着すると中では説明会が行われていた。教室の中では数十人の生徒が教壇に立つ女性の話を真剣な表情で聞いており、立ち入り難い雰囲気が醸し出されていた。


「ユズハ。こういう時って堂々と入っても良いものなのか?」

「実は私、遅刻とかしたことなくて‥アカネさんの方がこういう状況得意じゃないんですか?」

「ユズハは俺のことそんな風にみてたんだな。分かったよ。」

「そう言う訳じゃ無いですけど。」


 ユズハはアカネの意地悪な返答に慌てて取り繕うが、アカネ自身そんなに気にしてはいなかった。

 それよりも今現在二人はこまっていた。ユズハは遅刻なぞ縁のない優等生であったし、アカネに関しては学校と呼ばれるものに通ったことすらないのだ。

 そんな二人にすでに授業中の教室にどの様に入ればいいのかは難問なのだろう。


 二人がどうするか考えていると突然教室の扉が開いた。


「そんなところで立ち往生せずに早く中に入りなさい。初日から遅刻とはどんな神経をしているのか疑いますが、それに関しては後ほどお話を聞かせていただきましょう。」


 そういうと先ほどまで教壇で説明を行なっていた女性は二人にパンフレットを渡し開いてる席を指さした。


「今は説明会の途中ですので着席して大人しくしていて下さい。」


 二人は促されるままに空いてる席に着席した。


「では説明を再開します。お二人はパンフレットの25ページを開いて下さい。今までの話はそのパンフレットの前半に書かれていますので、帰ってから必ず目を通しておいて下さい。」


「分かりました。」


「よろしい。ではえー。皆さんが先日受けられたテストですが、皆さんが合格されたのかについてお話しします。ここにいらっしゃる皆さんには魔力適性が有ります。先日のテストでは魔力適性の有無について測らせていただきました。」


 その一言で教室内がざわめいた。ユズハやアカネにとって魔術や魔法は見慣れたものだが、世間一般では未だに都市伝説の一つと考えられているのだ。


「静かに。」


 その一言で教室の生徒たちは押し黙る。


(言霊使いか。)


 アカネは敏感に女教師の魔術干渉を検知し分析する。


「アカネさん。今のって‥」


「よく気付いたな。かなり隠蔽された術式だったみたいだが‥どうやらあの教師は中々の手練れの様だ。」


 小声でアカネとユズハは情報を共有する。国の学園に対する力の入れようは本物の様だ。


「皆さん。魔法は存在します。そのことを念頭に置いてこれからの授業を受けて下さい。また、この事については国家機密ですのでくれぐれも他言無用になさってください。」


 ゴクリと誰かの生唾を飲む音が響く。その言葉にはどこか冷たい感情が感じられたのだ。一般人には恐怖を感じさせたのだろう。


「ここにいる数名の方は既にご存知だった様ですがいいでしょう。出自については、触れない様にと上から言われてますので。折角ですので実演してからこの説明会を終わりにしましょうか。だけでは信じるのも難しいでしょうからね。」


 そういうと女教師は教卓を横にずらし、全員が見える様に手を体の前に突き出し掌を上に向けた。


「『イグニ』」


 その一言が放たれると同時に教師の掌の上には拳大の火の玉が現れた。


 教室からは歓声が上がる。目の前で魔法という概念でしかなかったものが形を持って目の前に現れたのだ。驚かずにはいられないだろう。

 別の教室からも同じような歓声が聞こえてくるので、同様のパフォーマンスが行われているのだろう。


「これは初歩中の初歩ですので少し勉強すれば皆さんにも出来るようになります。」


 そう言うと学校のチャイムがなり響き、教師は火球を消す。


「それでは本日はここまでとします。明日からは午後からも授業を行いますのでその心算をしておいて下さい。それではお疲れ様でした。」


 そう言ってペコリと頭を下げ教室を出ようとする。教室から出る寸前で何か思い出したように振り返りアカネとユズハを見る。


「遅刻者二人は職員室に来るように。」


 それだけ言うと教室から出て行った。

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