第5話

 目が覚めるとそこには見慣れない天井が広がっていた。

 しかし、そこは病院の天井でもなければ、隣に愛らしい女の子が寝ているわけでもない。


 アカネは少しひんやりとした風を感じ目を覚ました。


(これは早急にベッドが必要だな。)


 そう一人考えながら凝り固まってしまた体をほぐすように大きく一つ伸びをする。伸びとともに大きなあくびが飛び出してしまうのも仕方のないことだろう。アカネは昨日日本にきたばかりで、その時も飛行機の中で少し寝ただけなので体を優しく包み込んでくれる睡眠器具が恋しくなるのも必然である。


(それにしても昨日は大変だった。)


 アカネは昨日のユズハの介抱を思い出し頭が痛くなる。アカネは傭兵時代は毎日のように宴会があったこともありかなりアルコールに強くどんなに派手な飲み方をしてもつぶれることはない。ユズハはそんなアカネの飲み方に付き合い結局最後にはベロベロに潰れてしまったのだ。

 ユズハも決して弱いわけではないのだが、そんなユズハを潰してしまうアカネが異常なのだが当の本人に潰してしまったという感覚はない。


(今日はユズハが冒険者育成所まで案内してくれるって言ってたが、大丈夫か。昨日の調子じゃそんなこと言ったのも覚えてねぇかもしれないな。)


 まぁそれならそれで仕方ないかと、楽観的なアカネは窓を開け酒臭い部屋を喚起するため窓を開ける。窓から入る風は未だ肌寒く日本の四季を感じさせた。

 タバコに火を点け一服していると隣からバタバタと慌ただしい音が聞こえてきた。茜の部屋は角部屋なので隣はユズハしかいない。


 ちょうどタバコを吸い終えた頃に扉をノックする音が聞こえた。


「アカネさーん起きてますか?すみません。寝坊しました!すぐ向かいましょう!」


 もはやノックする意味があったのかどうかもわからないスピードで扉は開け放たれユズハが茜の部屋に飛び込んできた。


「おはようさん。約束を覚えてくれていて良かったよ。」


 アカネは少し微笑みながらユズハに言うと荷物を持ち玄関に向かった。



 ―――――


 二人は徒歩で今日の目的地である探索者育成所へと向かう。今日の目的は育成所でアカネの入学手続きを行いその後設備見学を行う予定だ。


「昨日も見えていたんですが、あそこが探索者育成所、新宿防衛大学です!」

「そんな名前だったのか。ん?なんで防衛なんだ?」


 アカネは気になったことを質問するがユズハはまさに待ってましたと言わんばかりの顔で説明を始めた。


「ふふふ。いいところに気づきましたね。そんなアカネくんには花マルを・・・痛い痛い!暴力反対!」


 アカネは無意識のうちに両の拳でユズハのこめかみをグリグリしていた。


「はっ!俺は一体何を。」

「全く。レディーにそんなことしちゃダメですよ。」


 ユズハは涙目になりながらも説明を続けた。よっぽど痛かったのか頭を自分でなでている。


「実は簡単なことなんです。ダンジョンは国が管理していて、ダンジョンに入るには探索者資格を持つか自衛隊に所属してないとダメなんです。一般人だとは入れない。けど探索者資格を取るにはダンジョンに詳しくないといけない。だから自衛隊の候補生扱いにして研修と称してダンジョンに入れるようにしようということで防衛大学なんです。」

「なるほどな。防衛ってのは単に自衛隊学校だからってわけか。」

「ですです。」


 自衛隊と聞いてアカネは若干の不安を覚えるが気にしないように思考の端に追いやることにした。それはまさに的中していたのだが今のアカネには知る由もないことである。


 そんな話を居ているうちに新宿大に到着し門衛に事情を説明しゲストカードを受け取り中に入った。中はかなり広く、どうやら新宿防壁をはさんで内側の自衛隊駐屯地とつながっているらしい。現役の自衛官を見て昔の嫌な思い出を少し思い出したアカネが不機嫌になるなど問題はあったが無事に教務課に到達する。


「すみませーん。入学手続きに来たものなんですが、担当の方いらっしゃいますか?」

「あーはいはい。藤堂茜さんですね。横の談話室にどうぞ。」


 受付をすんなりと終え、談話室に通される。

 談話室で少し待っていると大柄で筋骨隆々の初老の男性が入ってきた。その眼光は鋭くアカネたちを値踏みするような目線を向けている。その視線にユズハは少し怯むがその隣のアカネは何食う顔で飄々としていた。


「君が藤堂茜くで間違いないだろうか?」


 初老の男性は談話室に入ってくるなり、アカネの方を見ながら言った。


「ああ。そうですね。自分が藤堂茜で間違いないですよ。」


 アカネがやや不満げにそう答えると初老の男性は一息つきソファーに腰掛けるとくつくつと笑い始めた。


「そうかそうか。狂犬が随分と丸くなったじゃないか。」


 そう言うと鋭く細められていた眼光は鳴りを潜め、孫を見る祖父の生温かい目線に変わる。


「妖怪じじい。まだ生きてやがったか。」

「おやおや先ほどの言葉遣いはどこに行ったのかいのう。」

「ふん。年取ってもその嫌味な性格は変わらねぇな。」


 そんな2人の態度の変化についていけないユズハは頭が混乱し目を回してしまう。


「あの。すみません。おふたりは知り合いなんですか?」

「ほっほっほ。お嬢さん。今は三人きりとは言えどこに目があるかわからないんじゃから、アカネにそんな他人行儀な聞き方しちゃいかんぞ。」


 ユズハはあまりの唐突な出来事に困惑し、自分の話し方が素に戻ってしまったことを訂正されその通りだと反省する。


「ユズハ。大丈夫だ。こいつは信用ならねぇが国とつるむ様なやつでもないからな。」

「そんな言い方はひどいのう。ワシはお前のことを孫のように思っておるというのに。祖父の気孫知らずじゃわい。」


 「そんなことわざねえよ。」とアカネはつぶやくと、大きなため息を吐きがっくりとうなだれた。


「えっとアカネさんと学長は知り合いということでいいんですよね?」

「は?こいつが学長?」


 ユズハの一言にアカネはおもわずユズハの肩を掴み詰め寄る。


「ちょっと。アカネさん近すぎです。」

「ああ。すまん。」

「ほっほっほ。昼間からお盛んじゃのう。」

「「そんなんじゃない。」」


 驚くアカネと緊張するユズハをのんきに見守る初老の男性というなんともカオスな空間が生まれてしまっていた。


「さて、他人行儀ではあるがわしがここ新宿防衛大学の学長を務めるシリウス・ゼン・ブラッドレイじゃ。アカネとはそうじゃのー。最初にあったのは北方戦役の時かのう?あの頃はあんなに小さかったのに成長したもんじゃ。」


 ユズハはアカネの過去を興味深そうに聞いているが、その隣でアカネはどんどん不機嫌になっていく。


「おいじじい俺たちはそんな話を聞きに来たんじゃねぇ。それで入学手続きは大丈夫なんだろうな?」

「もちろん大丈夫だとも。そこは安心せい。抜かりなくじゃ。」


 シリウスの回答を聞くとアカネは「そうか」と一言だけ言うと立ち上がり部屋から足早に立ち去ろうとする。しかし立ち上がるアカネの手を引っ張りと止めようとするモノがいた。


「ふふふ。まぁまぁアカネさん。もう少しゆっくりしていきましょうよ。」


 ニヤニヤとそこには今まで見たこともない下卑た顔をしたユズハがいた。


「ユズハはわかってない。このじじいと長く話すとそれだけで人生が狂っていくんだぞ。」

「全くおじいちゃんに優しくない孫じゃのう。」

「孫じゃねえよ。それにお前の孫なんかとうの昔に死んでるだろうが。」


 アカネとシリウスの痴話喧嘩にユズハはアカネの知らない一面が見れ、微笑ましい気分になったがここである疑問が浮かんだ。


「そういえば、なぜ妖怪じじいなんですか?ただのじじいなら見たまんまで分かりますけど。」

「おやおや。ユズハくんも随分辛辣じゃのう。」

「ああ。それはこいつが1000年近く生きてるからだよ。こいつの本名は日本人全員が一度は耳にしたことがあるだろうな。」


 ユズハがえ?とおもわず間の抜けた声を出したところでシリウスはしたり顔で改めて自己紹介をする。


「今は叡智の魔術師シリウス・ゼン・ブラッドレイ。真の姿は・・・」


 そう言うとシリウスの周りの空間がぐにゃりと歪み眼光の鋭い初老の男性がいた場所にはアカネと同世代の青年が座っていた。その背格好はアカネのようにガッチリとした感じではなく表すならしなやかといった感じだろうか。身長は170そこそこだが纏うオーラがただものではないと感じさせる。


「日本最古にして最高の魔術師。安倍晴明あべのせいめいじゃ。」


 その事実はあまりに衝撃的でユズハの思考はしばらく機能することはなかった。

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