第4話
「もー。朱音さん気をつけてくださいね。日本は非喫煙者社会なんですから。」
「悪い悪い。長く日本から離れてたからな。いつもの癖でとりあえず火をつけちまったよ。」
そう言いながら二人は新宿へ向かう車の道中であった。
先程空港からユズハが車を回してくると、警備員と何やら言い合っているアカネの姿が目に入り気が気でなかったのだ。
アカネはこんな見た目であるが超一級魔術師であり、その気になれば空港を血の海に変えることなぞ造作もない。
超一級魔術師の中には人格破綻者が多く、少し言い合いになったからという理由で街中で銃を乱射するなどおおよそ凡人には理解できない思考をしているのだ。
しかしそんな行いが全て許されるほどの力を持っている。常人とは隔絶した強さ、それだけで国家から危険視されて場合によっては入国を禁止される事もある。
ユズハはそんな人間の一人を世話しなくてはならないと伝えられたとき、逃げ出してしまおうかと本気で考えた。しかし自分が今更逃げたところで消されるのが落ちだろう。そう自分に言い聞かせ、いざ空港に向かったのだ。そうして目の前に現れたのは普通の日本人然とした青年で拍子抜けし、少しばかりいたずら心で気配を消して近づいたのだ。
チラリとアカネの横顔を一瞥するとため息を吐く。
(なんでこんな子を世話しないと行けないんですかねー。私以外にも沢山エージェントがいる癖に。いっつも面倒ごとを処理するのは私です。ホントついてない人生です。)
「ユズハどうした?大丈夫か?」
アカネはユズハが溜息を吐いているのに気がつき心配そうに顔を覗き込む。
(あー。もー。そういうとこっ!!そんな憂いた目で見つめられると困る!!そんな顔でこっちを見つめないで!!それにいつの間にか呼び捨て。良い…)
「大丈夫だから!大丈夫だから、そんなに顔を近づけないで!!」
「ああ。すまん。どうにも人との距離感ってもんが鈍っちまってるみたいで、これからもそうやって教えてくれると助かるよ。」
そう言うとアカネはまた、窓の外の景色を見つめる。
アカネのいた頃とはかなり街並みが変わり、どことなく面影のある別の街といった感じだ。
今向かっている新宿も今ではダンジョン攻略の最前基地と化していて、昔のような若者の闊歩する街では無くなってしまった。
「見えてきましたね。あれが、日本の。いえ、世界のダンジョン攻略最前線。新宿防壁です。」
アカネとユズハの眼前に現れたのは壁。新宿と言う数々の高層ビルが立ち並ぶ街をすっぽりと覆い隠してしまうほどの巨大な壁がその周囲を覆い隠していた。
「噂には聞いてたが、ここまでデカいんだな。」
「ええ。アカネさんがいた頃には想像もつかないでしょうね。五年前のスタンピートを教訓に作られました。これがあるからこそ、ダンジョンがあっても今までと変わらない平和な生活を送れているんです。」
「なるほどな。こいつは想像以上だわ。」
そう言ってアカネは壁を観察する。
(高さはどれくらいだ?100メートルは超えてるな。これを登って侵入するのは現実的じゃねぇな。壁の上にわざわざ対空機関砲までつけて、ご丁寧な事だ。こりゃただの壁ってより要塞だな。)
「この中の街はどーなっちまってるんだ?」
アカネはふと浮かんだ疑問をユズハに投げかける。
「ダンジョンの入り口周辺は自衛隊の駐屯地になってますけど、それ以外のところは前と変わらず運営していますね。まぁ、今では探索者専用の店しかほとんどやっていませんが。」
そう言ってユズハは、新宿の手前のインターで降りた。
「壁の中は物価が高過ぎるのでその周りで生活用品を揃えましょうか。壁の周りで大きく変わったのは探索者専門学校が出来たぐらいなので見慣れた街並みも残っているかもしれませんよ。」
「何から何まで助かる。」
そうしているうちにユズハはパーキングに車を駐車する。
「それじゃ行きましょうか。まずは服ですかね。その格好でうろついては、目立ちすぎますので。その後は武器でしょうか?見たところ武装の類は向こうに置いてきたようですけど。」
ユズハはアカネの持ち物を見回してそう結論付ける。いかに魔導師といえど、触媒となる武器や装飾品がなくては普段どおりの力を発揮することは出来ない。ユズハも一見何も装備していないように見えるが、腰にハンドガンを携帯している。
「んー。服は確かに必要だけど、武器は後回しでいいかな。それよりも家だな。俺がいくら強くても、自然の力には勝てねぇからなぁ。」
まぁ、2、3ヶ月なら問題ねーけど。と最後に付け加え笑う。
「まぁ、大丈夫なら良いのですが。それより、家なら大丈夫ですよ?私の住んでいるアパートの隣の部屋を既に借りてあります。」
「ありゃ。ここは魅力的なお姉さんが家に泊めてくれて、なんやかんやあるところじゃねぇの?」
そう冗談を笑いながらアカネは言うが、ユズハはジトッとした目を向ける。
「やっぱりケイスさんの言った通りの人じゃないですか。」
「ごめんごめん。嘘だからそんな目で見ないで!冗談だからこれからもよろしくお願いします。」
頭を下げるアカネを見てユズハは溜息を吐き仕方ないなと案内を再開する。
ユズハはふといつの間にか気を許していたことに気づきこれも魔導干渉かと疑うがそれはただのアカネの性来の気質であるのは秘密である。
「それじゃ、こちらに来てください。ショッピングを始めましょう。ふふふ。今日の買い物は経費で請求して良いと言う事なので。こっそり私の分も買いましょう。グフフ。」
そう言いながらユズハは悪い顔をしながら気持ちの悪い声を上げている。
(ケイスはそんな金勘定緩くないと思うが黙っとくか。)
アカネは内心この後のユズハの不幸を考えるが、心のうちにしまっておくのだった。
「いやー。たくさん買いましたねー。あ。荷物持ちまでしていただいてありがとうございます。」
ユズハはホクホク顔で買い物を終えて、両手いっぱいの紙袋に今にも頬ずりでも始めそうな勢いである。その少し後ろを歩くのは柚葉の倍ほど荷物を抱えるアカネだがその顔は対照的にげっそりとしている。
(やべぇ。日本の女の買い物量を舐めてたぜ。)
心の中でアカネはひっそりと次に街に来るときは一人で来ようと決心するのだった。
「アカネさん。もうちょっとで家に着くので我慢してくださいね。」
「え?車に戻るんじゃないのか?」
「そーですよー。新宿は空家が増えたので今じゃ土地代も大暴落なんです。」
アカネは昔とは何もかも常識が違うことを改めて再確認させられた。昔アカネが住んでいた頃の新宿といえばバカみたいな土地代に大多数の人間が入居しようとするもんだから家賃がとんでもないことになっていた。
「本当に何もかも変わっちまったんだな。」
「変わらないものも有りますよ。」
独り言のつもりで言ったアカネのつぶやきにユズハは答えた。アカネからはユズハの後ろ姿しか見えないので、その表情は読み取れないが、その声音は先程までと一転して重苦しい雰囲気を醸し出していた。
「それはどういう‥」
「着きました!」
アカネはその言葉の続きを聞こうとしたが、その前にユズハに遮られた。
ユズハは立ち止まり、アカネの方へ振り返りニコリと微笑むと自分の部屋へと歩を進めた。
その表情は憂いを含んだ何もかもを諦めた表情だった。アカネの頭にアイツの顔がちらつき進む足が止まる。
(バカが。そんな顔するんじゃねぇよ。)
「アカネさん早くー。何してるんですかー?」
階段の上からアカネを呼ぶ声音は先程とはにつかない今までのユズハの声音だった。アカネも自分の心を隠すように普段どうりの声音で「おう。」とだけ返しユズハの下に向かった。
「ここがアカネさんの部屋です!で、もちろんその横の203が私の部屋です。荷物を置いたら晩ご飯を食べに行きましょう!アカネさんお帰りなさい会です!私いい店知ってるので、安心してくださいね。」
「わかった。荷物置いたら直ぐに集合でいいか?」
「何言ってるんですか。女の子にはいろいろ準備する時間が必要なんですよ。そうですね。30分後にまた来てください。」
30分で準備できるのかよと思わないでもなかったがわざわざ突っ込んでもめんどくさいだけだろうと考えアカネは頷き隣の自分の部屋へ入った。
(30分か。なにかするには短いし何もせず待つには長い時間だよな。)
そんなことを考えながら本当に何も無い部屋を見回し、角にボストンバッグを置くと部屋の一番奥にある窓を開け外を見る。時間は5時くらいなのだが外は随分と暗くなっていた。タバコに火を点け一服しながら新宿防壁へと目をやる。アカネのいるアパートは防壁からみて南側にあるのでこの地区一帯日暮れが早いのだ。
(かわっちまった街並みとそれでも変わらないものか。)
アカネはユズハの表情を思い出してしまい陰鬱な気分になるのを振りほどく。
(やめだ。考えたって仕方ないものを考えるのは性に合わねぇ。)
タバコの火を消しアカネは少しでもこの気持ちを紛らわすためにシャワーを浴びた。あわよくばこの気持ちが水とともに流れ落ちることを願いながら。
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