第22話 人形師の過去は当然、不可解
「……と、まぁ、気味が悪いくらいに良い姉弟仲だったわけだ。少しだけ羨ましいちゃ、羨ましいくらいにはな」
工房の応接室に戻った孝幸は、椅子に腰掛ける蜜蘭にそう報告していた。
「ふむ、キミにしては弱いね……悪口が」
つまらなそうにため息をついて、蜜蘭が頬杖をつく。
「てめぇなら幾らでも悪く言えるがな。なんか、さ……言いづらいわ、春也には」
「春也……ね」
「ん? 何だよ?」
「いや、別に」
「それよか約束通りに、理由を聞かせろ」
「……理由?」
眉根を寄せる蜜蘭に、孝幸は言い募った。
「俺が春也の後をつける前、復讐されてもいい的なコト言ってたろ? その理由だよ」
「あぁ、そういえば。ふむ、理由を話すと約束した覚えもないが、まぁ、構わないか」
目蓋をゆっくりと下ろして、蜜蘭は一つため息をついた。
「私にはね、一人救いたかった男が居た」
「……はぁ?」
「まぁ、聞いてくれよ。私の昔話さ」
うなずいた孝幸……その気配を察したのか、蜜蘭は再び口を開いた。
「その男はいわゆる幼なじみだったんだ。顔立ちはキミと似ているよ、特に泣き黒子……ああ、その細く長い指もか」
「……ンだ、それ? どう反応すりゃいいンだ?」
「無反応で居てくれ給え」
「……」
「話を戻そう。その身体的特徴だけキミに似ている男はね、優しいというか……大らかというか、私の特殊な家庭事情にも関わらず、ごく普通の人間として扱ってくれた」
「特殊な家庭事情?」
「言わなかったかい? 私は古い陰陽道の家系でね、幼少期より修練が始まっていた。普通の学校には通わず、私と似たような古い家系……なにかの技を継承し続けなければならない子ら、専用の施設に通わされていた……事実上の軟禁だね、アレは」
「……分かンねーけど?」
「分からない方が良いさ……一応、国家機密らしいよ。ともあれ、そうだね、私は刑務所のようなところに子供の頃から居た、くらいに思ってくれ給え」
「おいおい、何か……長そうだな、話がよ」
「雇い主に少しは付き合っても良いだろう?」
「……聞いてやるよ、面倒くせーけど」
「キミのようにアレコレ気にならなかった、その男は普通の子供だった。何故、私と彼が出逢えたかと言えば、私と違って普通に育つことを許された妹が引き合わせてくれたからさ……もちろん、こっそりとね
私にとって、妹とその男だけが親愛の情を抱ける人間だった」
「……へぇ、お前に妹が居たってのもそうだけど……友達的なもんまで居たんだな」
「彼が唯一の友だと言っていいだろう」
微かに、本当に微かに蜜蘭の口元が緩んだ。だが、それも一瞬。すぐに彼女の唇は引き結ばれた。
「が、私の唯一の友だった、その男は病に冒された。普通の医術では治せなかった。
私は思ったよ、子供の頃からやりたくもない呪術……人形師の技を修練してきたのは、その唯一の友を生き長らえさせるためなのだとね」
「……ってことは……そいつをお前は人形に……」
「いや。彼は望まなかったんだ、普通の人間であることを外れてまで生きることを。
だから、彼は死んだ……私がここで待っていたことも知らずに、ね」
言って、蜜蘭は目蓋を開いた。
「私が本当に来て欲しい人は、もうここには来ない」
「……だから?」
「私にはもう大した意味はない、そう思っているんだよ」
「……だから、死んでもって?」
「まぁ、そうだね……ただ」
「ただ?」
「同じくらい生き続けても別に構わないのだけれど、ね」
「どっちだよ?」
「どっちもさ……困ったことにね」
無表情にそう言われて、孝幸は盛大にため息をつく。
「お前も何かの病気だぜ、きっと」
「かもね」
微かに鼻で笑ったかと思えば、蜜蘭はふいに目蓋を半分だけ下ろした。
「そうか……藤堂春也も、それだけじゃないのか」
「あ?」
「藤堂春也は言ったんだよね、僕が姉さんをこんなふうには泣かせないって」
「ん? ああ、確かに言ったぜ」
「ということは、キミ――頼まれたね?」
「――、」
「そうかそうか……ならば」
蜜蘭の口元が段々と釣り上がっていく。
「藤堂春也はその人生の使い道を、一つに定めた――生物というよりも……道具のような生き方を選んだわけだ」
毒々しい笑顔のまま、蜜蘭は言った。
「│
その声音はけれど人を想う優しさを秘めているように、孝幸の耳に響いた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
翌々日、藤堂春也は工房に姿を見せた。
「……」
一言も喋らない春也を蜜蘭も無言で迎え入れ、共に工房の奥へと姿を消していく。
そんな二人を見送っていた孝幸に、
「お兄さん、ありがとう……優しくしてくれて。うれしかったよ」
春也はそう言い残した。
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