第21話 助手はやっぱり依頼人を助ける
春也のランドセルに仕込んだ盗聴器によって、孝幸は病院のトイレの個室で春也の声を聞いていた。
いや、聞き入り過ぎてしまって、貰い泣いてしまっていた。
「……ははっ、」
何となく気恥ずかしくなって、から笑う。鼻をすすりながら、目元を拭う。
(くそっ、感動しちゃったじゃねぇーかよ)
頭の片隅に、人形と化して失踪した妹の面影が過ぎる。
過ぎったからこそ、ふと考えてしまった。
(待て……人形師ントコに来るヤツって)
蜜蘭に言わせれば、普通の願望では有り得ないはず。
常識、あるいは人の良心から外れている。
他ならぬ孝幸自身、佐伯舞華や宮永和樹の結末で思い知っていた。
(……ってことは、春也の姉弟愛にも後味の悪い│
思い至ってしまうと、何かに……孝幸自身にさえ言葉にできない感情が胸の内に滲む。
滲んでしまうと、耐えられなかった。
じっとしていられず、衝動的に盗聴器の受信機から伸びるイヤフォンを外し、トイレの個室の扉を開け放つ。
後先のことなど考えず、そのままに、孝幸は盗聴器と同じくランドセルに仕込んだGPS発信器の情報を頼りに春也の居る病室へと急ぐ。
足音を殺して、歩んでいく。
「……」
トイレからは近かったので、すぐに病室の前まで行きつく。
一瞬の躊躇の後、孝幸は扉を開け放つ。
と、ベットからびくっと身体を震わせて離れた春也と目が合った。
「……お兄さん、工房の」
「ああ」
「もう、出来たの?」
期待に目を煌めかせる春也に、首を横に振る。そうしながら春也へと歩み寄っていき、口を開く。
「止めとけ」
「……え?」
「人形師に依頼してもな、いいコトなんてねぇーぞ」
「またそれ? 子供っていうのが理由なら、」
「違う」
なんと言うべきか、孝幸には分からなかった。思うままに、言った。
「……俺は人形師の助手ってヤツでな、数は少ないが、見てきたんだ。人形師に依頼したヤツがどうなったか。ロクなことにならねぇーんだよ」
「……」
「どうしようもなく叶えたくとも叶わない望みってのはな……人間を止めてまで力づくでやることじゃねぇーのさ、多分な。
お前の姉さんのことは同情するが……そうなっちまったのはお前を庇ってくれたからだろ?」
何かを考え込み始めたような春也に、孝幸は続けた。
「なら、お前は普通に生きて普通に幸せになっとけよ……それで良いんだって、きっと」
言い終わると、何か、悲しかった。
今更ながらに分かったことだが、もしかしたら、他の依頼者にも言うべきだったと後悔していたのかもしれなかった。
「……お兄さん」
春也は、少し笑った。
「お兄さんは助手なんでしょ……なら、そんなこと言ったら不味いよね」
春也の笑顔は、子供の間違いを微笑んで受け入れるような大人びたものだった。そんな笑顔のまま、春也は姉を見つめていた。
「助手ってもな……バイトなんでね」
言って、孝幸は待った。春也の横顔を見据えながら、ただ、彼の答えを待つこととした……そして。
「ねぇ、お兄さん」
しばしの沈黙の後、春也は口を開いた。
「口が悪いわりにはお兄さん、いい人だね」
「……勘違いだ」
孝幸は口端を上げる。
「俺はただ、お前がつまんないコトになンのを見るのが嫌なだけだ。何が嫌だって、俺の気分が悪くなるのが嫌なんだよ」
「そっか」
春也は鼻から息を抜くようにして、微笑んだ。
「なら……一つだけ頼みたいことがあるんだけど、聞いてくれるかな」
頼みごとを話しながらも、春也はずっと姉を見つめていた。
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