第18話 お前にだけは、忘れられないように
夜の雨を照らし出すような、救急車の赤灯。その強すぎる光に目を細めながらも、孝幸は走り去っていく救急車を見送っていた。
少し火照っていた頬を冷たい雨が伝う。心地よく感じつつ、ボクシングジムのビルへと振り返り、何となく、傍にあった電柱へもたれかかった。
「風邪を引かれては困るよ、助手」
背後から声音。
降り止む、冷たい雨。
差し出された、彼女の黒い傘。
「なぁ、この結末は――」
孝幸は脳裏に浮かぶのは、城島誉にノックアウトされた宮永和樹。
彼は立ち上がらなかった――呼吸をしていなかった。
「宮永和樹が望んだことなのか?」
「うん、そうだよ」
「音……ゼンマイの音が二度鳴った」
「うん、彼の身体能力は二つあった」
「……ンなの、アリなのかよ?」
「私は一つしかない、と言った覚えもないよ」
「……まぁな。で?」
「一つは彼自身の肉体を取り戻すこと」
「焦らすな」
「もう一つは彼自身の弱体化さ」
「弱体化?」
「人間の拳でもいとも容易く壊れるような頭蓋骨――もっというと脳だね――それを彼は欲しがっていた、躊躇いながらもね」
「脳って……てめぇの作る人形ってのは、ンなにも人間の身体に近いのか?」
「うん、現代医学でも判別出来ないだろうね」
「……」
「本当に聞きたいことを、聞いてはどうだい?」
「宮永さんは何故、城島さんに殺されたかったんだ?」
「……宮永和樹は城島誉との戦いの中にこそ、幸福を見出していた……幸福の絶頂を最後としたかったのさ。
結果、城島誉を苦しめると分かっていながらね」
倒れた和樹に必死に呼びかける城島の姿を……救急車に乗り込み、うなだれた城島の姿を、孝幸は思い返していた。
「なんで……ンなコトに」
「分からないかい?
自分の最も幸福であれた時間を……分かち合ってくれた親友にも覚えていて欲しかったのさ。
それが親友を不幸に陥れると知っていても……いや、だからこそ忘れたくとも忘れられないだろうと知っていて、かな」
「なんだよ、それ」
「友情……と呼べるものさ、きっとね」
舌打ちしながら、孝幸は蜜蘭に振り返ると。
「……キミ、本当に優しいんだね」
こちらに傘を差し出すあまり、雨のしたたる蜜蘭に出迎えられた。
「それこそ友でもない男の死に、泣けるだなんて」
かすかに恥じ入るように、彼女は目を伏せた。
「俺の優しさとかじゃねぇーよ……人間は誰かが死ぬと泣くように出来てンだ」
「かもしれないね」
力なく笑った蜜蘭は孝幸に傘を押しつけるように、渡して。
「私はならば……なんだというのかな?」
言い残して、歩み去っていった。
小さくなっていく背中に、孝幸は内心で呟いた。
(お前は……人形師だ)
宮永和樹から佐伯舞華、妹の沙耶の末路が遡って浮かんで。
(お前は俺が復讐すべき……)
見えなくなった背中に、孝幸は思う。
(居てはいけない、人間だ)
蜜蘭から借りた傘の柄を、ぎゅっと音が鳴るほど握りしめた。
~~~~~~~~~~
蜜蘭の傘をマンションの玄関に立てかけ、孝幸は靴を脱いだ。湿った靴下の気持ち悪さに舌打ちしながら、自室へ向かう。けど、その前にふと、足を止めた。
「……」
母親が引きこもってしまっている部屋の扉を、見つめる。扉の奥からは、物音は全くしない。母親が居るかどうかも、分からない。
「――、」
扉をノックしようとしていた手を、孝幸は下ろした。
(今は――まだ、だな)
自室に向かい――かけた足を、再び止める。
扉の奥を見つめながら、思う。
(俺は復讐を遂げる。妹のこと……多分、今日の宮永和樹さんのことも……俺は復讐で終わらせる)
妹の形見たるスマホケースを眺め、メモ機能を開く。
[俺の復讐はきっと、俺のためだけじゃないはずだ]
そう書いてから、再び扉を見つめて心の内で語りかけた。
(どうなるか分からないけど、どう終わらせるかも分からないけど)
孝幸はため息をついた。
(終わったら……もう一度、家族として話をしよう。そうだ、家族として一緒に生きていこう、まともに)
一方通行の、この感情は、宮永和樹のそれと似ていると自覚しながら。
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