第15話 助手は依頼人にも手を貸す
「……と、まぁ、アレだ。漫画みたいに熱い二人だったよ。少し羨ましくはあったな、俺はアレだ、ああゆう友達居ねぇーから」
工房にて助手らしく、孝幸は和樹達のことを蜜蘭に報告していた。ちなみに依頼者のように応接室のところで、蜜蘭と向き合って座っている。
「で、俺から掻い摘んで言えるコトは今までの全部だったが……どうする? ICレコーダーはまだ回収出来てないんだが……どうにかしろっていうならするが」
そう告げても、蜜蘭は瞑目している。聞いているのか、いないのか分からなかった……が。
「膝を治してもボクシングは……一日だけ、ね」
独り言のように、蜜蘭は続けた。
「最高の勝負をするためだけに……か」
「……そうだ、宮永はそう言った」
孝幸は佐伯舞華の時と同じように、蜜蘭は確認をしたいだけだと判断。
「俺の記憶違いはありえねぇーよ」
「小慣れてきた助手はともかく」
蜜蘭の目蓋が徐々に持ち上がっていく。
「この工房に訪れた宮永和樹は競技に関しては
そんな彼が何故、今、辞めなければならなかったのか。そのようなルールもないというのに、誰に強いられたわけでもないのに」
蜜蘭の口元が釣り上がっていく。
「宮永和樹の渇望はすなわち……そうかそうか、私が予期していた通りに峻烈だね。生まれる時代を間違えた、侍のような男だね」
前回よりも上機嫌そうな蜜蘭に、孝幸は一応、聞いた。
「あの人は一体、何が望みなんだ?」
「もちろん、教えないよ」
「主義は曲げねぇーってか?」
「それもあるけれどね、キミ」
蜜蘭は宮永和樹の渇望を察した時よりも暗く深く笑みを浮かべて、告げた。
「私への悪意を、キミは宮永和樹を使って晴らそうとしている」
「――、」
孝幸は自身の感情を殺して。
「俺がアンタに悪意? 何で、ンなふうに思った?」
顔には半ば本気の疑問を滲ませた。
「言ったよね? 私は今日、急に説明が嫌いになったんだ」
席を立った蜜蘭が、工房の奥の回転扉を潜っていく。
「ああ、一つだけ」
背中を向けたまま、蜜蘭が口ずさんだ。
「キミの悪意はけれど、冷たく澄んだ雪風のように、私の肌には心地良い。だからね、キミはどうか、私をそのまま憎んでいてくれ給え」
回転扉が締まり、孝幸は短く息を吐く。
(…………お得意の心理解剖で気取られたのか、もしくは鎌かけか、それとも最初から泳がされてたってオチなンか。分からねぇーけど――どれにしたって気に入らねぇー)
思いながら、孝幸は奥歯を噛み締める。
(てめぇの望み通り、俺は絶対にアンタを憎み続けてやる)
~~~~~~~~~
孝幸が宮永和樹の行動を調査した、その翌日だった。
工房の入り口の木扉と、奥にある回転扉がほぼ同時に開いた。
「元通りに動ける身体を……」
言いかけた和樹と蜜蘭の目が出会し、かすかに笑む。全く違う容姿の二人だが、その微笑だけは鏡合わせのように、似通っていた。
「……、」
両者に挟まれた形の孝幸も、苦笑を浮かべる。
(思ったよか来ンのが早いな……つーか、人形作るのって一日とかでも行けるのかよ……分かんねぇけど……ンなことよか、俺はどう動く?)
思案していると、和樹と蜜蘭は口々に言った。
「うん、良く来てくれた……キミの新しい身体は今、仕上がったところさ」
「ありがとうございます。楽しみで仕方ありませんでした」
「私も楽しみさ、キミがどうなるのかがね」
うなずいた和樹に、蜜蘭が言った。
「ところで、キミはもう一つ依頼がある……違うかい?」
「……お見通しでしたか」
「もちろん」
深く頷いた蜜蘭の首が急激に曲がる。彼女の目が、孝幸の目と合う。
「……そういうわけだ、助手」
「ああ? どういうわけだ、雇い主?」
にらみ合うかのような孝幸と蜜蘭。
「あの――」
不穏な空気を察してか、和樹が言った。
「自分からお願いするのがスジだと思いますので、言わせて下さい」
孝幸に向かって、和樹は頭を下げた。
「急なお願いですが、貴方には自分らの試合の審判をして頂きたいのです」
和樹の頭頂部を見つめながら、孝幸は言葉を絞り出した。
「……僕はボクシングのことを何も知りませんが?」
「承知の上です。ですので、貴方にはリングに立って頂けるだけで……いえ、リングの外で見届けてくれるだけで構いません。
自分の足が回復した事情を分かって貰え、尚かつ、それを誰にも口外しなさそうな方は他に居ません……だから、どうか」
一瞬、孝幸は迷った……が。
「……僕で良ければ」
「ありがとうございます、本当に。自分らは曲がりなりにもプロボクサー……誰にも見られないのは勝負とは呼べませんでしたからね」
孝幸が返事をする前に、和樹は蜜蘭と共に工房の奥へと姿を消した。
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