第9話 そして恋する少女は奇麗に笑う

孝幸はまたも、助手業として佐伯舞華さえきまいかを尾行していた。


制作工房から出てきた舞華をつけろと、少し遅れて出てきた蜜蘭に指示されていたからだった。文句は言わなかった。孝幸自身、舞華がどうなったか見なければならないと感じたのだった。


けれど。


「……、」

日の落ちた人気ひとけの全くない公園のベンチに腰掛ける舞華。


一見、ごく普通の女の子のままなのだ。そう、制作工房から出てきた舞華は、全く変わりなかった。


(詐欺……ってオチか?)

 

公園を囲う歩道のガードレールに寄りかかりながら、ベンチに座る舞華の背中を見張っていた孝幸はそう考えてもいた。

 

蜜蘭は人形師ではない……そもそも人形師というものから全て嘘。


いや、と、孝幸は考える。


非現実的な妹の身体……身体能力は実在した。


(……ま、いい。隠れて見れば分かるだろうよ)

 

思いながら、孝幸は公園の敷地を仕切るような植樹で、舞華から身を隠していた。一応、伊達眼鏡で変装もしている。髪型も変えた。完全とは言えないが、すぐにバレることもないだろう。


(……今度から、アレだな、探偵的な道具が欲しい。少し不安だ)


とか考えていると、舞華はまたも男と出会っていた。舞華の背中越しに孝幸が前にも見た、男の笑顔が伺えた。


(あーもしかして)

孝幸が半ば予想していた通りの光景が繰り返される。

男は舞華の隣に座ることもなく、手を差し出す。

その手に、舞華から差し出された紙幣が乗る。

(何にも変わってねぇーな……や、違うか)

男は舞華の前からすぐに立ち去っていった。

(ちょっと酷くなってンな……)

男が立ち去って少しして、舞華の頭と肩がベンチに隠れる。うずくまった……ように孝幸には見えた。これから舞華は泣くんだろう……孝幸は想像した。


「……ちッ」

思わず出た舌打ちと共に、尻を乗せていたガードレールを蹴飛ばす。足を踏み出す。公園の入り口へと小走りで回り込む。ベンチでやはりうずくまっていた舞華を見、正面から歩調を遅くしながら、ゆっくりと歩んでいく。

(何してンだ……俺は。慰めでも言うつもりかぁ?)

内心で自分の行動に首を傾げながらも、あと数歩の距離まで舞華へと近づく。

声をかけようとした、その時だった。


――と、音がした。


音は静かに、けれど確かに――舞華から、より正確には彼女の身体の内から音が響いていた。きりきり、という異音。きりきりきりと、異音が強くなっていく。

 

孝幸は、思い出していた。

(あの女は本物の、やっぱり人形師だ)

かつて妹の身体からも、この音を聞いたのだ。

(人形となった人間の……ゼンマイの音)

思い返していると、果たして。


「――、」

うずくまり、まるで胎児のようだった舞華はゆっくりと身体を起こし、ベンチからふらりと立ち上がった。

 

いや、舞華と呼んで良いものか。

身長が少し高くなっている。

肩幅が少し、狭くなっている……髪は長くなっている。

女の顔は、全く別のものだった。

(この顔……あの喫茶店で見た――)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る