第8話 恋する少女は人間を辞める

初の助手仕事から、三日ほど経った頃だった。

「……、」


人形工房で、孝幸は暇を持て余していた。依頼者は佐伯舞華以来、一人も来ていない。よって開くことのない木扉をチラ見し、スマホでゲームや映画鑑賞をして過ごしていた。ちなみに少女趣味と蜜蘭に言われたスマホケースは変えなかった……変えられなかった。


沙耶いもうとの……だからな)


暗い気持ちが湧き上がるのを避けるかのように、薄暗い工房を見渡す。

(しかしまぁ、このバイトは楽ちゃ楽だが……)

孝幸はため息をつく。ちらりと背後を伺う。回転扉となる壁の向こうは、どうやら人形を作る制作工房らしい。となれば、今自分が居るのは工房の応接室と言ったところか。

ともあれ、蜜蘭はその言葉通り、制作工房に籠もりきったまま姿を見せない。

(俺は別に楽なバイトがしたい、普通の大学生ってわけじゃねぇー)

小さく舌を打つ。

脳裏を過ぎるのは、自分の家族の小さな幸せ……その崩壊。自身の苦境。今、生きている理由。

(復讐……最高の復讐だ、俺がやるべきは)

回転扉の辺りを見ていた目が自覚出来るほど鋭くなる、と同時に。


「久しぶりだね、助手」

当の蜜蘭が姿を見せる。うなずきながら、孝幸はきつくなった目を彼女から逸らす。悪意を気取られたくはなかった。

「三日ぶりだな、雇い主」

「三日だったんだね、助手。まぁ、経過時間などどうでも良いよ」

「……出来たのか?」

「良く聞いてくれた、良く出来たさ。佐伯舞華さえきまいかもそう思うに違いないよ」

かすかにやつれていた蜜蘭の微笑は、その不気味さを増している。

「おめでとう、と助手らしく言ってはおく」

彼女の微笑に不快感を覚えながら、孝幸は続ける。

「ただな、雇い主。あれ以来、佐伯舞華は姿を見せてない……来ないんじゃないか?」

蜜蘭の微笑が深まる。

「いや、佐伯舞華は来るよ」


その言葉は、予言だった。


孝幸が蜜蘭の自信に気圧された数秒の後に、

「……お約束した通り、来ました」

本当に佐伯舞華が扉を開けていたのだった。舞華はどうしてか、蜜蘭のように少しやつれていた。ただ目だけは、不思議なほど輝いている。


「新しい身体を、貰いに来ました」と独り言のように、舞華は言った。

「ようこそ、佐伯舞華」と独り言のように、蜜蘭も応じた。

「あたしの、新しい身体……」

「さぁ、佐伯舞華……こっちだ」

頼りない足取りで歩み寄った舞華の手を、蜜蘭が取る。舞華と蜜蘭の互いの独り言のような言葉は噛み合っていないのに、何故か、通じ合っているようだった。


「……おい、」

胸の内に湧き上がる不快感に、孝幸は口を開く。が、蜜蘭も舞華も何一つ反応せず、二人は並んで歩んで、工房の奥へと姿を消した。

制作工房へと消えていく二人の背中に、孝幸は変なことを連想した。

「……何か、心中しんじゅうみてぇーだな」

制作工房の扉が閉まった。孝幸は目を閉じる。

(俺の妹も……こうだったのか?)

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