第一章 愛されるための身体能力

第2話 応募もしてないのに、バイトが決まる

知らない電話番号からの着信に、|坂野孝幸≪さかのたかゆき≫はとりあえず出なかった。


都内有数の繁華街。

その雑踏から離れ、孝之は長身を翻して路地裏へと向かう。ニットの手袋を外し、やや鋭い目つきで、着信した番号をネット検索。

迷惑電話のリストにはなかった。少し迷い、何かあったら着信拒否すればいいと、かけ直す。


『突然だけれど。キミをバイトに雇いたい』


知らない女性の声で言われ、孝幸は「は?」と眉根を寄せる。こんな連絡を貰う心当たりはなかった。バイトへの面接どころか、応募さえしていないのだ。


というよりも普通、バイトならばこっちから連絡するものだろう。そんな疑問が湧くも、当の女性の声は続いていた。


『キミ、今、大学には行っていないよね? ちょうどヒマだろう?』


急な質問に、孝幸は開きかけた口を閉じる。

(なんでオレのことを知ってんだ、コイツ。ヤバそうだな……)

余計なことを言わずに、切るべきだった……でも。


『ああ、すまない。質問の前に、言うべきことがあったね。バイトの内容は工房の助手だ。ちなみに私は、人形師なんだかね』


孝幸の唇が驚きに震えた。そういう人物がいるという都市伝説を、孝之は妹から聞いていたのだった。


『人形師とは言っても、私の作るのは普通の人形ではないんだよ。

私が作る人形は、人間の新しい身体となる。その人間が狂うほどに望む何か……渇望を叶えるための身体能力を持つ身体にね。

普通の身体能力とは違って、やはり普通の物理現象を軽やかに超越する……そんな身体を作る、私は人形師だ』


一方的に説明した彼女はもう充分だというように、聞いてきた。


『では、明日から助手として来られるかな?』


バイトの勧誘という謎の電話、尚かつ面接もなしで即採用。

いや、そもそもバイトかさえ怪しい。

新手の詐欺だと考えた方がよっぽど納得がいくだろう。


(……普通のヤツならコレで電話を切って、忘れるトコなんだろうが……)

 

孝幸はわりと良い大学に通っていると自覚している。バイトするにしても無難に家庭教師でもする方がよっぽどいいだろう……けれども。


「分かりました、時間は?」


孝幸はそう言っていた――その場しのぎの嘘では、なかった。


『いつでも良いよ、気が向いたら来てくれ』

「今、顔だけ出しても良いですかね?」

かすかな緊張に唾を飲み込んでから、口にした。


「|蜜蘭≪みつらん≫さん?」


名乗っていない彼女に――オレもお前を知っているという意味で――孝幸はそう言った。


『まぁ、構わないよ。場所はね……』と蜜蘭に平然と続けられる。

工房の道案内を、孝之は黙って聞き終えて、電話を切って歩き出す。

蜜蘭から案内された工房は、徒歩圏内。偶然にしては出来すぎているように思うが、孝幸にはどうでも良かった。


孝幸は、奥歯をかみしめた。


(やっと見つけた……やっとだ――人形師を見つけられた)


思いながら、孝幸は指示された雑居ビルに辿り着く。壁がひび割れ、寂れた雑居ビル。孝幸は構わない。

ビルの玄関を潜り、またも指示された通りに地下へと続く階段に足をかけた。淡々と降りて、行き当たった古風な木扉をぎしぎしと音を立てながら開ける。

目に飛び込む、その一室は変わっていた。


真っ黒な机と四脚の椅子を中央に、四隅に真っ赤な燭台と蝋燭。その蝋燭の灯りだけが唯一の光源。


そして机越しに座っていた一人の女性が何よりも変わっていた。 

 

彼岸花をあしらった真っ黒な着物を纏った、目鼻立ちの整った美人……とは言えた。言えるのだが、異様なくらいに肌が白い。彼女の隣に座らせられた球体間接人形のそれと酷似しているほど、血の気がなかった。


(……ははっ、演出過剰過ぎて偽物にしか見えないが……本当に、居た。こんなにも普通に、近くに)


孝幸は内心で、ほくそ笑む。


(この女が……≪≪妹の仇≫≫か)


「ようこそ、助手くん……候補かな?」


「ええ……初めまして。僕は坂野孝幸です」


「うん。名前を覚える気はないよ。それに……今、私はキミに用はないのだがね」


「……挨拶をしておきたかっただけですよ。急な訪問、失礼しました、明日また来ます」


孝幸は踵を返す。


「キミ、変わってるね」


などと言う蜜蘭の声が背にかかるも、孝之は聞こえないフリをして扉に手をかける。


「ああ、キミの背中を見ていたら一つ、キミに用ができたよ」


「……と言うと?」


「この工房に辿り着けた者はね、もう普通の生き方から外れ始めてしまっているんだ。そう、普通の人間にはこの工房には辿り着けないんだ。私が幾ら道案内してもね……見つけられないんだよ。どんな手段を駆使しても、ね」


「俺がここに来れるヤツだと分かってて……いや、近くに居るとも分かっていて連絡を?」


「まさか。適当な番号にかけまくっただけさ……オレオレ言う詐欺のようにね」


彼女の声音に、微かな笑いが混じる。


「ともあれ、ここに辿り着けたキミには普通の人間には不可能な、あるいは、普通にやってはいけないと正気が咎める……そんな渇望がキミの胸の内に芽生えているよ」


孝幸は無言で、振り返る。それを気にしたふうもなく、


「もし自分自身でも躊躇うよう渇望を自覚したなら、私にまず教えて欲しいね」


蜜蘭は無表情な顔のまま、言い続けていた。


「キミの胸の内に潜む、常人が否定するような渇望。それを叶える身体を、私はキミに与えて上げられる」


彼女は少しだけ、柔らかに微笑んだ。


「ただ代償として、人としての幸せを得られないだろうけどね」

 

彼女の顔面に広がっていく笑顔は、人間味の欠片もなかった。


孝之は、思った。


(≪≪復讐相手に、ちょうどいい≫≫)

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