狂った夢、かなえます

クロモリ

序章 自分の身体に不満はあるか?

第1話 願いのために、人間の身体を捨てられますか?

「自分の身体に不満はないかい?」


などと語る声から始まる動画があった。


ダイエットや筋肉増強を勧める、ありがちなものではない。

動画は画面に映すものは何もなく、ただただ真っ黒。動画とさえ言えない動画で、ぽつりぽつりと声が発せられる。


世界最大の動画共有サービスに上げられた、その動画は意味不明の文字列……アルファベット、数字、記号などの組み合わせ……で検索すると引っかかるものだった。

大概の人間はすぐに見ることを止めるだろう……何故ならば、真っ黒な動画の声は、理解しづらいことしか言わないのだから。


「自分の身体への不満……人間の身体の限界に、不満があるもの」


しかし、声は淡々と続く。


「私は人間以上の身体を作り上げる。人間の身体には不可能なこと。それを可能とする身体能力――理想の身体を作り上げて提供しよう。


まぁ、私の経験上、私の身体を持った人間たちは……人間としての幸せは得られないだろうがね。


まっとうな人生を捨てられるほどの渇望がある者。または新たな身体機能をすぐに思いついた者。


私のところに来たまえ……ああ、安心してくれ。金など請求しないよ」

 

淡々と、浪々と動画の声は続く。


「これまで私の言ったことが本当に胸に響く者ならば、私の工房に来られるはずだ――場所は教えずとも、ね」


最後までわけのわからいことを言い続けた動画は、終わる直前。


「あぁ、自己紹介が遅れていたね……私は人形師にんぎょうしの|蜜蘭≪みつらん≫だ」

 

声音はそう結んだ――もしかしたら、彼女が言ったことの中で唯一まともなことだったのかもしれない。


ともあれ、この動画は奇異なものが好きな人々によって面白がられても、良かったはずだった。ネット上でほんの|一時≪いっとき≫だけでも、話題になっても良かったのだろう。


けれど、そうはならなかった。


見た者は動画の内容をすぐに忘れてしまった……


だから、誰の話題にも上らなかった。

だから、誰も拡散できなかった。


それでも。


極めて密やかに、確実に、届くべき者にだけは人形師のことは知られていった。

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