第2話

 

 おっぱいが痛い。

 花美と別れて、すぐに母乳が貯まったから。

 おっぱいが張って、張って。

 パンパンに膨らんでいる。

 金沢駅の授乳室で搾乳機を使って吸い出し、捨てた。

 やっぱり罪悪感を覚える。

 私には授乳室に居る資格がないようにも感じる。

 お昼過ぎには自宅へ戻り、学童保育所と保育園に子供を迎えに行った。

 花ちゃんの病気、どのくらいで治るの?

 花ちゃんが居ないと静かだね。

 子供たちの言葉も痛かったけれど、想定していた問答だったので、ぼやかして答えた。

 三人の子供と夕食を囲み、寝かしつけて夫の帰りを待つ。

 熊本から金沢まで、夫は終電で帰ってきた。

 かなり酔って。

 けれど、笑顔が暗い。

 酔った勢いで、おっぱいが張って痛がる私の乳首を吸ってきたし、セックスに持ち込もうとしたけれど、勃起できずに終わった。

 夫が勃たなかったことでセックスが不成立になったのは、初めて。

 そして、やっぱり夫には帰りの新幹線に乗っている頃、病院から電話があったらしい。

 携帯番号を教えれば当然の対応といえば、当然。電話でのやり取りを夫が焼酎を呑みながら語ってくれた。かけてきたのは病院の社会福祉士で、花美を捨てた理由を問い、夫は先天的な障碍が理由だと正直に答えた。上に三人も子供が居て障碍児を育てるのは無理だ、とも。児童手当の受け取りは今月分までで止め、以降は養育施設の長に任せること、予防接種などへの同意はすること、施設への養育費を支払うことはできないこと、すべて正直に答えたらしい。黙っているのは、うちは困窮家庭ではないこと。むしろ夫は代々続く自営業の老舗寿司店の経営者で年収は800万円を超えるし、自家用車や食費、光熱費も自営業の曖昧さで考えると、実質の所得は1200万円のサラリーマンに相当するかもしれない。私は経理を担当しているので、よく知っている。

 単純に金銭面だけなら障碍児の一人くらい、育てられる。

 けれど、私の手間、他の子供にかけられる時間が激減すること、かりに育てたところで一生涯その障碍は続くこと。

 それらを考え、私も賛成して選んでいる。

 それに捨てたんじゃない、預けただけ。

 夫が酔いつぶれて眠ってしまったので私は一階におりた。

 厨房のビールサーバーからジョッキに注いで私が呑み始めると、長女がおりてきた。

「お母さん……花ちゃんのこと、捨てちゃったの?」

 小学5年生にもなると、真実の答えを悟るのね。

「ううん、遠い病院に入院しただけよ」

「………もう会えないの?」

「面会に行けないか、お父さんに相談してみるわ。もう寝なさい」

「…………」

「大丈夫よ、また会える日も来るから。さ、寝なさい」

「……ホント?」

「ええ、さっきも病院から連絡があったの。お父さん、ちゃんと係の人と話していたわ」

 本気で会いたければ、おそらく会えるはず。

 夫は社会福祉士へ、養育費は払えないが節目節目に会いに行くかもしれない、と告げている。戸籍抄本だって持たせたのだから、本気になって熊本市が調査すれば、すぐに私たちへ辿り着く。でも、お金は払わないし、育てもしない、その意志は明確に伝えているから、公務員たちは諦める。

 長女も二階へ戻ったし、それから一ヶ月ほどは頻繁に社会福祉士から夫へ連絡があったけれど、入所する施設が決まると、ぱったりと無くなった。

 どこの施設に入ったかは教えてくれた。

 花ちゃんの居ない生活に日に日に私たちは慣れたし、妊娠して以来ずっと我慢していた子供たちを千葉県の遊園地にも連れて行ってあげた。これも新幹線のおかげで楽に行けた。そして、母乳が枯れ、おっぱいの痛みも消えてくれた。

 

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