正しい赤ちゃんの捨て方

鷹月のり子

第1話


 うちに四人目の子供が生まれたのは秋だった。

 三ヶ月検診で重い障碍が見つかった。

 現在の医療では治らない。

 知能が低く成人しても、せいぜい幼児程度の会話しかできないし、身体にも障碍がでやすい。

 だから、妻を説得し、捨てることにした。

 上の三人の子たちは健康で何一つ問題がない。

 将来、この三人の足枷にもなるだろう。

 何よりオレが嫌だ。

 障碍児を育てるなんて。

 嫌なことはしない方がいい。

 ノーと言える力。

 無理しない生き方がオレの信条だ。

 妻にも無理強いはしていない。

 二人で出した結論だ。

 妻も上の三人を育てた経験で健康な子供でも子育ては大変だと知っている。

 そして、三人の将来も考えて。

 可哀想だけど、この子は捨てよう。

 合法的かつ穏便かつ安全に。

 せめて半年、母乳で育ててやり、その日が来た。

 上の三人にも説明してある。

 重い病気があるから、離れて暮らすよ、と。

 淋しいけど、みんなのためだからとオレと妻が説得すれば、子は理解した。

「遠い旅になるな」

「……」

 妻は無言で抱いている子の頭を撫でた。二人で金沢駅から特急で大阪駅に向かった。そうして、大阪駅の新幹線ホームで妻と子は最期の別れをする。最期のおっぱいだ、ゆっくり味わえ。

 乗る予定の新幹線に1本遅れたが、オレは子を抱いて乗車する。妻は乗らない。ここでお別れだ。

「いってくるよ」

「……気をつけて……うっ…ぐすっ……ごめんね、花ちゃん」

 泣き出した妻とは新幹線の扉で隔てられ、オレは花美(はなみ)と九州へ向かう。大阪、広島、博多、あっという間に熊本だ。

「うぎゃー、うぎゃー!」

 小さな胃だからな、もう腹が減ったか。すまないな、母乳はない。持ってきた粉ミルクを飲ませてみたが、気に入らないらしい。悪戦苦闘するオレを前席の女性乗客が助けてくれた。女性に抱かれると、泣き止んで粉ミルクを飲み始めた。

「どうも、すみません」

「いえいえ」

「……ふー…」

「奥さんとは別行動なんですか?」

「ええ…まあ…」

 オレが訊いてほしくなさそうな顔をすると、女性は遠慮してくれた。新幹線が熊本駅に到着する。

「どうも、ありがとうございました」

「いえいえ、久しぶりに赤ちゃんが抱けて私も嬉しかったです」

 鹿児島まで行くらしい女性とは別れ、オレは駅からタクシーに乗る。目的地である病院の名は告げず、病院間近のコンビニを指定した。それでも運転手は察したのだろうな、表情が硬くなったし、オレの顔色だって良くはないだろうさ。コンビニの駐車場でタクシーを降りた。

「…ふー…」

 タメ息をつきつつ、花美を抱いて歩く。命名したのは長女だ。家族みんなで考えて決めた。

「花美は軽いな」

 長女は小学5年、抱くとかなり重い。長男は2年、片手で抱ける。次女は5歳、可愛くて仕方ない。次は男の子だといいが、しばらく妻はセックスを拒むかもしれないな。

「ここか」

 事前にマップを調べていたので迷いはしなかったが、コンビニから道路を渡って、狭い路地に入る。真っ昼間だ。人に見られれば察するだろうが、路地は無人。大きな病院の裏手で人目につかない。そして目立たないが、わかりやすい看板が設けられているので敷地に入った。

「…………ふー……」

 意外に迷路のように敷地へ入ってから狭い道を歩かされる。完全に人目を遮るように植え込みがされ、その中を進むと、そう長い道でもないのに、オレの覚悟でも長く感じたから女性なら何倍にも感じるだろうな。実際には、敷地に入ってグルリと周り、そして到着という短い道のりなのにな。

「着いたよ、花美、じゃあな」

 迷うくらいなら、ここまで来ない。妙な感情が浮かぶ前に、銀色の扉を開いて、そこに花美を置いた。ありがたいことに眠ってくれている。最期に目を合わせ無くて済んだ。

 バタン!

 扉を閉めて花美と別れた。いっしょに入れたのは花美の戸籍抄本とオレの携帯番号が書いてあるメモ、そして伊藤花美名義の郵便貯金の通帳と届出印だ。

「さて、駅で熊本の焼酎でも呑んで帰ろう」

 金沢から熊本への日帰り弾丸旅行だ。そして、人吉という焼酎は旨かった。けど、家族へのお土産に買った馬刺しは、よく見ると熊本産ではなくポーランド産だったので残念な気分だった。

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