第6話 最後の花束
「ちー!」
屋上からいなくなっていた小夏が戻ってきた。
彼女の口元には紫色の花束が咥えられていた。
菫だ。
私が彼の盗まれた物を返す際に、匂いを誤魔化すために使った春の香花。
彼女は私の足元に菫の花束を置くと、私の瞳をきっと見つめた。
「ちー。ちゃんと伝えよう。
あなたが今まで、彼のものを探し出してきたってこと。
あなたが今まで、彼のことを想っていたってこと。」
「でも、だから意味がな…」
「ないわけないよ!」
彼女は瞳に涙を浮かべながら、きっぱりと言い切った。
いつもは見せない彼女の気迫に思わず私は息を飲んだ。
「だいたい「意味」って、何よ。
彼と結ばれる、それだけが「意味」なの?
私は違うと思う!
…自分の気持ちに区切りをつけることにだって…きっと意味がある」
彼女はそういうと、唇をキュッと噛んだ。
知らないくせに。
何も知らないくせに。
私がこの3年間どんな思いで彼を思い続けていたのか、知らないくせに。
私は…本当は期待していたんだ。
もしかしたら、彼と結ばれることがあるかもしれない。
そんなことを期待していたんだ。
…有り得ないって分かっていても。
だけど、本当は分かっていた。
もう、お別れをしなくちゃいけないことを。
もう、自分の気持ちにけじめをつけなければいけないことを。
私は瞳に浮かんだ涙を押し込めるように瞼を閉じた。
その瞬間、これまでの3年間が脳裏を流れる。
時には泥だらけになりながらも嗅覚を頼りに校舎を駆け回った日。
犯人に噛みつき、返り討ちにされた日。
彼のことを想いながら、花を探した日。
そして、
彼に助けられた、入学式のあの日。
私は瞳を開けると、小夏に微笑みかけた。
「小夏、ありがとう」
「…どういたしまして」
私は菫の花束を咥えると、屋上の塔屋の梯子を駆け上がり、
屋上の天辺に上がった。
上空を吹き抜ける春風が、頬をくすぐって心地いい。
私は菫の花束を足元に置くと、頭を上に向け、
高らかに叫んだ。
--君に届け!!
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