第5話 作戦と真実
屋上から3階に降りた私は、自分のクラスである3年B組に向かっていた。
腕時計を見ると、卒業式が終わって20分ほど経っていた。
帰りのHRはもう終わってしまっただろうか。
『本当に、これでいいの?』
私は今日、親友から言われた言葉を頭の中で反芻した。
入学式の日。1匹の猫を傷だらけになりながらも守った男の子。
川藤弘也君。
彼のことを私は、一人密かに思っていた。
けれどついに3年間、その思いを彼に直接伝えることはできなかった。
私には一つ、大きな隠し事があった。
私は、中学卒業後にこの土地を離れることになっていたのだ。
貧乏だった私は、中学卒業後は働くことになっていた。
そして料理に興味があった私は、母の実家の懐石料理屋に就職する予定になっていたのだ。
だから、例え彼と付き合うことができたとしても
それは賞味期限付きの恋。
どうせ終わる恋なら、私は初めからしない。
けれど、もし望みが叶うのならば…。
一度だけ、彼と話してみたかったーー。
私がそんなことを考えていた時だった。
3年B組から、彼の大きな悲鳴が聞こえたのだ。
「恭介っ!!てめぇ!!」
3年B組の扉を開けると、弘也君の大声が教室の外まで響いた。
彼は血相を変えて、恭介君の胸倉を力一杯掴み上げていた。
「てめえ、何しやがるんだ!!あれは…!」
弘也君は窓の外を指さしながら、瞳に大粒の涙を浮かべた。
『あれは』の先は何なのだろうか。
けれど、彼の大切なものであることは分かった。
もしかしたら、それを彼のもとに届ければ、最後に話すことができるかもしれないーー。
気づくと私は教室の中に駆け込んでいた。
窓枠を乗り出し彼が指さす方向を覗き見た。
「紙袋!」
そう呟くが早いか、気づくと教室を抜け出していた。
階段を一気に駆け下りて下駄箱に着くと、
瞬時にスニーカーに履き替えて全速力で駆け出した。
これは…きっとチャンスだと思ったのだ。
神様が与えてくれた、ラストチャンス。
息を切らしながら、校庭に一歩足を踏み入れると
私は注意深く校庭を見つめた。
どこだ、どこにあるーー。
しばらくの間、頭をきょろきょろと左右に振っていると
校庭の北側に小さな白い小袋があることに気づいた。
「あった!!」
私は急いで駆け寄って、紙袋を拾い上げる。
そして、表面について土埃を払っていたその時、
背後から私に語りかける声がした。
「…君だったんだね」
私が思わず振り返ると、目の前には彼が立っていた。
「ひ、弘也君」
私は思わず上擦った声を漏らしてしまう。
「ずっと探していたんだ、君を」
彼はそう言うと、事の顛末を話し始めた。
リボンを3年B組から投げる作戦は恭介君が思いついたのだそうだ。
弘也君は3年間、私のクラスの女の子から物を隠される嫌がらせを受けていた。
けれど、盗まれたものはいつも翌日、下駄箱に戻される。
その犯人を恭介君は3年B組の生徒だと考えたそうだ。
なぜなら、盗みを行う女子生徒の足跡を追うには同じクラスである方が都合がいいから。
安易な推理ではあった。だけど、恭介君はその可能性に賭けた。
そして弘也君の大切なものをB組の窓から投げれば、きっと
彼の盗んだものを届けてくれるあの子が走り出すと考えたのだそうだ。
そして、まんまと私が現れたというわけだ。
でも、彼は大きな勘違いをしているーー。
私は思わず大きな笑い声を上げた。
「はは、はははっ」
私が腹を抱えて笑っていると、幸也君が心配そうな顔で私を見つめた。
「だ、大丈夫か?」
「はは、ははは、…ふう」
私は呼吸を落ち着かせると、自嘲気味な笑いを浮かべた。
「そうか、弘也君は好きな人がいるんだね」
「…えっ?」
「弘也君の探している人は…私じゃあないよ」
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