第3話 恋するshe

「ちーちゃーーん!!」

校舎の屋上から校庭を眺めていた時、私を呼ぶ小夏の声がした。

振り向くと、小夏は息を切らしながら頭を下げた。

「はあ、はあ。こんなところにいたのね」

「どうしたのよ、そんなに慌てて」

「『どうしたのよ』じゃないわよ、卒業式終わったと思ったらどこかにいなくなっちゃうから。随分探したじゃない」

小夏はこちらに近づくと、背中をばしりと叩いた。

「痛いわよ」

「いいの!?」

私を無視して、小夏は真剣な表情を私に寄せた。

私は彼女から顔を反らしながらポツリと呟いた。

「別に。いいわよ」

小夏は私の横顔をじっと見つめている。痛いくらいの視線が私の横顔を突き刺している。

「嘘つき!」

小夏は必死に口を開けて私に訴えていた。

彼女はいつもこうだった。私のこととなると、いつも必死になるのだ。

自分のことじゃあないはずなのに。

でも、そんな彼女に助けられてきたのもまた、事実だった。


…彼女には、嘘はつけないか。


「ごめん、嘘ついた」

私がそう言うと、小夏は呆れがちに大きな吐息を漏らした。

「やっぱり!」

「でもさ」

「なに?」

「やっぱり、無理だよ。というか…意味ない」

「意味ないなんて、そんなこと…」

小夏は否定するかのように勢いよく口を開いたが、

その語尾は尻すぼみに小さくなっていった。


「いいのよ、事実だから」

「でもっ…」


そう、彼に自分の思いを告げたところで意味などないのだ。


私には、彼に伝えていない『隠し事』があった。



私は貧乏だった。

家族と住んでいるところは、繁華街の近く。

朝は生ごみの匂いが漂ってくるし、夜は酔っ払いの声で騒々しいことこの上ない。

食事だって、時には家族揃って抜くこともあった。


そんな生活をしていたから、私は同年代の子に比べてひどく不健康な見た目をしていた。年頃だったから、体臭が気になることもあった。


そんな私を好くような男の子はいなかったし、

自信だってないから、男の子とは無意識の内に距離を置いていた。


そんな時だった。

君に出会ったのは。


3年前のあの日。

初めて校庭の土を踏んだあの日。


線が細くて頼りない体を目一杯震わせて、意地悪な女子生徒達に立ち向かっていく君は、一瞬で私の瞳を奪ってしまった。


勇敢な君の姿が、私に羨ましかった。


入学式のあの日、君のことを知ってから

君のことを考える時間が日に日に増えていった。


それが私の初めての恋。


だけど、それはあまりに報われない恋でした。


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