第33話 父親同士
唐突に。
僕たちを囲み、誠也を苦しめているガスマスク隊が、ばたばたと倒れていく。
『これ、は……なにが起きている……報告を――』
僕の目の前にいる少女が他方へ連絡を飛ばすが、原因は解明されない。
それどころか、連絡が途絶えていく一方だ。
『なにが……っ、ッ!?』
少女が膝を落とした。
手を地面につけて体勢を戻そうとするが、肘が曲がり受け身も取れず、うつ伏せで倒れる。
彼女の全身が痙攣していた。
気付けば周囲のガスマスク隊は全滅……、その中で、一緒になって糸上も倒れていた。
「糸上!?」
駆け寄ろうとしたら、僕の身にも同じように変化が起きていた。
慌てて口と鼻を押さえ、無呼吸に切り替える。
咄嗟だったので充分に酸素を蓄えられていないが、数分なら無呼吸でも動けるだろう。
……呼吸の際に僅かだが、麻痺成分が含まれた気体があったと判断できた。
ガスマスクさえも貫通して人体を麻痺させる毒素が、空気中に流れている。
「…………父さん?」
「すまなかったな……お前たちには、迷惑をかけた」
同じガスマスクをはめる少女たちが倒れている道の上を、
隙間の狭い地面に足を下ろして、進んでくる。
一度、糸上の前で立ち止まり、屈んだ。
痙攣している彼女の体を持ち上げる。
「俺自身が、能力をちゃんと制御できていれば、なにも始まらなかっただろう」
……政府が危惧していたのは、それだ。
言葉とは裏腹に、もしかしたら制御できていても、
できないフリをしているのではないか、と勘繰っていた。
制御できているなら、敵意を向けられれば政府は対抗できない。
毒を振るわれてしまえば、全人類の誰も、父さんには敵わないだろうと言えたからだ。
だがそれは、父さんが殺人鬼であったらという前提の話。
殺人鬼に武器を持たせたら、当然、凶器として使うのが目に見えている。
父さん自身がいくら口でなにもしないと否定しようとも、
武器を渡せる人がどれだけいるだろうか……いないだろう。
制御できていない状態だから……交渉ができた。
そうでなければ今頃、父さん個人を抹殺するための戦争が勃発していたはずだ。
父さんが友好的だったからこそ、僕たち、家族が生まれている。
だからもっと早い段階で気付いても良かったのだ。
糸上に助言されるよりも前に。
育児院から僕たちを選んだ、あの時の父さんを見て、判断できていたはずなのだ。
悪い人じゃない。
殺人鬼なんかじゃない。
確かに無愛想で、不器用で、
滅多に笑顔なんて見せないけど、
僕たちのことを第一に考えてくれている。
育児院にいる僕からすれば、父さんは、本物よりも、父親をしていた。
そんな父さんが今、能力を初めて、制御できていた。
強大な力を持ったから人が変わった、とは思わなかった。
だって、父さんは能力を制御できても、決して少女たちを殺していない。
僕たちを守るために、麻痺させて動きを止めることに留めている。
殺さないように必死に意識をして、だ。
「すまなかった、辰馬、誠也」
僕たちを交互に見て、
「普通の生活を送らせてやりたかった……、
わざわざ育児院から出て、殺伐とした世界に入らせてしまったのは、俺の責任だ」
「父さん……知っていたんだ……?」
「ついさっきだがな。聞いていた……大変だっただろう、つらかっただろう……俺に対してではなく、雛緒にまで嘘を吐き続けていたからだ」
僕たちの活動をもし知れば、母さんは絶対に止めていた。
分かっていたから、僕も誠也も、隠し続けていたのだ(母さんに知られれば自動的に父さんにも伝わるだろうと思って、という理由もあったが)。
……九年間、嘘を吐き続けていた。
結局、本当のことを明かせないまま、母さんは死んでしまった。
未だに消化できていない、心残りだった。
「俺を、許せないか、辰馬」
父さんは、許してくれと言いたいわけではなかった。
「失った信頼は自分の手と足で取り戻そう。
近道というずるはしない。
お前たちを引き取った時から、決めていた。
どんな時でも、俺だけは味方でいるとな」
糸上を僕に預けて、父さんが誠也の背に手を回して起き上がらせる。
「お前たちに憎まれていようとも、殺されかけようとも俺は敵にはならない。誠也、お前が組織に首輪をつけられているなら、俺が奪い取ってみせよう。お前たちを勝手に使う、ふざけた組織を潰せばいいのだろう? 任せろ、お前の恐怖は俺が取り払ってやる」
カチャ、と聞こえた時には既に、
誠也が取り出した拳銃の銃口が、父さんの顎に触れていた。
しかし、父さんには動揺の一つもない。
誠也をじっと見つめたままだった。
「撃たれても仕方ない。
俺は、お前たちを不幸にした。撃たれる覚悟はできている」
父さんが、だが――、と。
「どうせ撃つなら、自分たちが幸せになってから俺を撃て。
排除するべき俺を、殺せばいい。……だがそれは、今でなくともいいだろう。
時間はたくさんある。少しだけ、がまんしてくれ。
――頼む、待っててくれ。お前たちが幸せになるまで、俺は死ねない」
「…………」
ちっ、と舌打ちをして、誠也が銃口をずらした。
そのまま拳銃から手を離す。
落下した拳銃が、地面を滑って離れていった。
「なら、さっさと役目を果たせよ――父さん」
「かみ、おか……」
僕の腕の中で、糸上が声を絞り出す。
痙攣は止まっていなかった。
「申し訳ありません、春眞様。今すぐに解毒を」
父さんが落ちていた糸上のハサミで指先を薄く切り、血を滴らせる。
一滴でも充分効果があると父さんは言ったが、
糸上は向けられた父さんの指を咥えて、一滴どころではない量を吸い出していた。
「ぷはっ。――あ……、体が少し軽くなったかも」
「そんなすぐに効果は出ませんよ。
しかし、あなたの場合、プラシーボ効果がよく効きそうではありますが」
証拠に、糸上の痙攣が止まり、自身で体を起き上がらせていた。
「大丈夫か? ふらふらだぞ」
「だいじょうぶっ!」
言って、彼女が胸を張った。
「上岡……は、偽名だよね? なんて呼んだらいいの? 坂上? だと、被るもんね」
「そのままで構いませんよ……というか、起きてすぐに言うのがそれですか」
「だって、変わったじゃん。
自分は死んだ方がいいって決めつけた上岡とはもう違うし、
坂上くんたちの――誇れるお父さんじゃん」
すると、糸上がぽつりとこぼした。
多分、僕たちに聞かせようとは思っていなかっただろう。
「……いいなあ」
あたしも……、と呟かれた言葉は、
今度こそは、僕たちに向けられていた。
「上岡みたいにあたしを見てくれる、お父さんがほしかったなあ……」
その時、僕の耳が音を遮断した。
糸上が体を反らし、腹部を突き抜けた弾丸が僕の体に弾かれる。
痙攣が止まった矢先に、彼女は撃たれて、僕に体を預けてきた。
撃たれたことによる激痛で、糸上が再び体を震わせていた。
足下に滴り形成されていく血溜まりが、傷口の大きさを物語っている。
彼女が意識を失ってから――僕の耳が、遅れて音を聞き取った。
銃声と。
「…………パパ」
と、父親を望む、糸上の声だった。
「なにを…………ッ、してんだ、お前ッッ!!」
視界の先に見える、硝煙が上がる銃口を向けていた男に叫ぶ。
そいつの顔が、はっきりと見えてきた時、僕と父さんは戸惑いの声を重ねていた。
「先、生……!?」
「統……ッ!!」
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